2008年2月、このブログを開設していただき、今年で10周年になった。最初に書いたのは「日中3000年の交流へ橋渡し――わが身、燃やし続けて」。日本と中国は2000年来の交流がある世界史上でも珍しい隣国同士だ。近現代は一時不仲の時代もあったが、更に1000年先を展望して3000年来の交流に思いを馳せようと王之渙の五言絶句「鸛鵲楼に登る」の転句と結句を思い浮かべながら展望した。この10年間に書いたのは95編になった。テーマは12年間の授業を通じた学生との交流や、日中関係にかかわる出来事、昆虫や花に関するものなど随時に書いてきた。南京大学を“卒業”して日本に戻って5年間が過ぎた。今年2月に刊行した毎日新聞OBの同人誌「ゆうLUCKペン」第40集に、私の最後の卒業生のことを書いたら、92歳の大先輩からお褒めの言葉を頂いた。現役の記者時代には読者から賛否の反応をたくさん頂戴したが、身内から褒められたのは退職17年後になって初めてだ。巣立った教え子からは多くを学び、ブログ開設10周年目に教え子について書いたものが身内から称賛されたのは、それだけ優秀な学生だったからだろう。「教学相長ず」を体験し、卒業生のみなさんに改めて感謝をしたい。
◇毎日新聞OB同人誌に29人が執筆◇
毎日新聞のOB同人誌「ゆうLUCKペン」は、毎年1回発行している。毎回、テーマが決められ、今回は「名言、名文句……残しておきたい言葉」で29人が執筆した。毎日新聞に入社が決まって、本社で研修期間に下宿した話に始まり、現役時代を見事な小説風に仕上げたものや、懇意の刑事から聞いた警察調書を改ざんしたという特ダネを握りつぶした話など「『雄編』なる記事を書いた記者多彩」(同誌編集後記から)の作品ばかり。自分の特ダネを握りつぶした先輩はそれを書けばネタ元がバレて取材源が明らかになるために書かなかった、という。この原稿は入院中の病室で1週間前に完成させ、昨年12月、83歳で旅立った。
「私以外には、このニュースを知る記者はいないという自信だけはあった。」ので書いておきたかったのだろう。「新聞記者は知ったことをすべて書くものではない。彼の一面を知った思いであった。」と仲間から感慨に浸る声もあった。
毎日新聞OB同人誌「第40集」の表紙