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◇ブログ10周年・祝結婚メッセージ③完◇
~約束通り“内助の女王”になってください~
元南京大学日語科教師・斎藤文男  ·   2018-06-25
タグ: 卒業生;南京大学;中日交流
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卒業生に贈った「祝結婚メッセージ」を懐かしく読み返している。安莉さん(女性)は、南京大学で私の最後の卒業生だったのに加え、卒論を指導したり、4年生最後の授業で、私の授業に対する感想や感謝の文章の中に、≪いつになるか分かりませんが、私の結婚式に参加してくださると約束してください。≫と書かれていたので、とくに強く記憶に残っている。私は≪伴侶となる方が同意してくれれば、喜んで参加させていただきます。≫とメールで返信していた。

その結婚式の知らせが、今年2018年1月にメールで送られてきた。

◇「疎開モン」「朝鮮人」の差別に不満と疑問◇ 

私すでに帰国して日本に戻っていた。式は伴侶となる人と同じ故郷のハルピンで3月に行われるという。私は残念ながら都合で出席できなかったので、メッセージを送る約束をした。

安莉さんは朝鮮族で相手も同じ朝鮮族とのことだった。私は子供のころから、朝鮮に対して強い関心があった。1944年3歳の時、父の実家がある山形県に強制疎開をした。兄4歳、妹2歳と母の4人で、収穫した野菜や果物を保管する納屋で寝泊まりしていた。ある日、母が大きな釜を池で洗っているのを、私は傍で見ていた。ワラを束ねたタワシで中を洗う前、釜の底に残っていたご飯ののりを手ですくって食べてきれいにしていた。もったいない精神と空腹を少しでも満たそうとしたのだろう。これを本家のおっかあに見つかり、「疎開モンと朝鮮人は汚い」とののしられた。

「疎開モンと朝鮮人はなぜ汚いの?」と私は母に聞いた。それには直接答えず、「朝鮮人だって同じ人間だ。お腹が空くのはあたりまえで、何も汚いことはない」と母はきっぱり答えた。「同じ人間」という言葉が体にしみた。当時は朝鮮半島から連行されて来た人たちが、過酷な条件下で働かされ苦しさのあまり逃げ出す人も多かった。山奥に隠れていても食べる術がなく、畑の作物や民家から盗みをして飢えをしのぐしかなかった。疎開先の貧しい農村でも時折そのような被害に遭い、村人から嫌われていた。疎開モンとして日々差別されていたことから、朝鮮の人達に同情し「なぜ?」という不満と疑問が子供心に強く残った。

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