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1980年代  
建国いらいの党の若干の歴史的問題についての決議

 

社会主義的改造を基本的になしとげた七年

(九)一九四九年十月に中華人民共和国が生まれてから一九五六年までの期間、わが党は全国各民族人民を指導して、新民主主義から社会主義への転化を段取りを追って実現し、国民経済を急速に回復させるとともに、計画的な経済建設をくりひろげ、全国の圧倒的多数の地区で生産手段私有制の社会主義的改造を基本的になしとげた。この歴史的段階では、党がさだめた指導方針と基本政策は正しく、かちとった勝利も輝かしいものであった。

(一〇)建国後の最初の三年間、われわれは大陸における国民党反動派の残存武装勢力と匪賊を一掃し、チベットの平和的解放をおこない、各級の人民政府を各地にうち立て、官僚資本の企業を没収して、これを社会主義の国営企業に改造し、全国の財政·経済活動を統一し、物価を安定させ、新解放区の土地制度の改革をなしとげ、反革命分子を鎮圧し、汚職、浪費、官僚主義とたたかう「三反」運動を展開し、贈賄、脱税、国家資材の横領、手抜きと材料のごまかし、経済情報の窃取など、ブルジョアジーの進攻を撃退する「五反」運動を展開した。また、旧中国の教育·科学·文化事業を効果的に改造した。繁雑で重要な社会改革の任務をみごとになしとげ、偉大な抗米援朝と祖国防衛の戦争を首尾よくおしすすめると同時に、われわれは旧中国でひどく破壊されていた国民経済を急速に回復させ、一九五二年末には全国の工農業生産を史上最高の水準にまで引きあげた。

(一一)一九五二年、党中央は毛沢東同志の提議にもとづいて過渡期の総路線をうち出した。かなり長い期間内に国の社会主義的工業化を逐次実現するとともに、農業、手工業、資本主義工商業にたいする社会主義的改造を逐次実現するというのがそれである。この総路線は、歴史の必然性を反映したものであった。

一、国の社会主義的工業化は、独立と富強をめざす国家の当然の要求であり、そのための必要不可欠な条件である。

二、新民主主義革命が全国で勝利し、土地制度の改革が全国でなしとげられたあと、国内の主要な矛盾は労働者階級とブルジョアジーとの間、社会主義の道と資本主義の道との間の矛盾に転化した。国家としては国の経済と人民の生活に役立つ資本主義工商業のある程度の発展を必要とするが、資本主義工商業が発展すれば国の経済と人民の生活に不利な側面もかならず現われてくる。そこで、制限と反制限との闘争が起こらざるを得ない。資本主義企業と国家の経済諸政策との間、これらの企業と社会主義的国営経済との間、これらの企業と各企業の労働者·職員や全国各民族人民との間で、利害衝突がますますはっきりしてきた。投機取引の取締り、工商業の調整と改組、「五反」運動の推進、労働者による生産の監督、食糧、綿花の統一買付·統一販売など、一連の必要不可欠な措置と段取りがとられた結果、もともと立ち遅れ、混乱し、奇形的な発展をとげていた、営利一点ばりの資本主義工商業は逐次、社会主義的改造の道に移らざるを得なくなった。

三、わが国の個人経営の農民、とくに土地改革で新たに土地を手に入れても、その他の生産手段をもたぬ貧農、下層中農のばあいは、高利貸からの借金や土地の貸付、売却によってふたたび両極分化の発生するのを避けるため、また、生産を発展させ、水利工事を実施し、自然災害とたたかい、農業機械その他の新技術をとり入れるため、かれらはたしかに互助、協同化の道を歩みたがっていた。工業化が進展すると、一面では農産物の需要がますます増え、他面では農業の技術的改造への支援が日ましに強まってくる。このことも個人経営の農業の協同化への発展をうながす原動力となった。

 

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