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人との出会いに彩られた中国との20年 大学日本語教師・佐藤芳之さん
本誌記者 金知暁  ·   2018-10-16
タグ: 改革開放;教育;中日交流
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北京語言大学に、一人の日本人教師がいる。痩せ型でメガネをかけ、いつも白いシャツを着て、誰にでも優しい態度で接するこの先生は、今年49歳になる佐藤芳之さんだ。最初は留学の目的で中国に来た佐藤さんだが、まさか20年にわたって中国にいるとは自分でも思わなかったという。その背後には大切な出会いがあり、日本と中国の切っても切れない縁がある。 

佐藤芳之さん。(金知暁撮影)

赤い「熱烈歓迎」で始まった中国留学 

佐藤さんと中国の縁は高校時代に遡ることができる。両親の影響で、子供の時からいつも家族でテレビのNHKスペシャルやドキュメンタリー番組を見ていた。そこから、世界の歴史や地理、文化、更に言葉のルーツなどに興味を持つようになり、中国へ留学したいと思い始めた。しかし「日本でしっかり自分の専門の勉強をしてからでも遅くはない」と考えた佐藤さんは、高校卒業後、日本の大学に入り、歴史を学んだ。その後、日本で就職したが、留学したいという気持ちは片時も忘れなかった。29歳の時、佐藤さんは大きな決断をした。「30の壁を越えてしまうと、なかなか留学は難しい。最後のチャンスだから」と、思い切って中国に留学することにしたのである。 

1998年9月、佐藤さんは留学生として北京にやって来た。「夜、一人で北京の空港に着いた。今、北京の空港はオリンピックの時に第3ターミナルができて、きれいになり、広く新しくなった。でも当時は第3ターミナルがなかった時代で、薄暗いというのが第一印象だった。灯りがぽつんぽつんとついている。入国審査のところも人がまばら。入ったら、正面に『熱烈歓迎』と書いてあった。中国の赤で。それを見て、『中国に来たんだ』と。今でもはっきりと覚えている」。佐藤さんの中国での留学生活は赤で書かれたこの四文字で始まった。

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