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抗日戦争
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· 2017-02-04 |
タグ: 抗日戦争;第二次世界大戦;政治 | ![]() 印刷 |
六、西安事変
西安事変は「双十二事変」ともいう。1936年12月12日、東北軍の指導者張学良と西北軍の指導者楊虎城は、蒋介石に「攘外必先安内(外部の敵と戦う前にまず国内の反対勢力を平定する」という反動政策を改め、内戦を停止して挙国一致で抗日に当たることを要求するために、西安の華清池で「兵諌(武力によって君主に意見具申する)」を行い、国民政府軍事委員会の委員長の職にあった蒋介石を拘束した。このため、当時「西安兵諌」といわれた。中国共産党中央と周恩来同志の指導の下、蒋介石は最終的に「内戦停止、連共抗日(内戦をやめて、共産党と連合して抗日に当たる)」の主張を受け入れ、西安事変は平和的解決をみた。
西安事変の平和的解決により、第二次国共合作の成立が促されて、十年にわたる国共内戦が終わりを告げ、抗日民族統一戦線が初歩的に結成されたのである。
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