第二次世界大戦終結後、中国は南中国海諸島を取り戻し、主権の行使を回復し、世界の数多くの国は南中国海諸島が中国の領土であることを認めている。 1952年、日本政府は台湾、澎湖列島および南沙諸島、西沙諸島に対するすべての権利、権原および請求権を放棄すると正式に表明した。同年、当時の日本の外相であった岡崎勝男自らが署名し推薦した『標準世界地図集』には、西沙、南沙諸島および東沙、中沙諸島のすべてが中国に属す形で標示されている。1972年、『中華人民共和国政府と日本国政府の共同声明』の中で、日本は『ポツダム宣言』第8条の規定の順守を堅持すると重ねて表明した。
1958年9月14日、ベトナムのファム・ヴァン・ドン首相は中国の周恩来国務院総理に送った覚書で、「ベトナム民主共和国政府は中華人民共和国政府の1958年9月4日の領海決定に関する声明を認め、これに賛同する」と厳かに表明した。
▲1958年9月14日、ベトナムのファム・ヴァン・ドン首相(当時)が周恩来・中国国務院総理と会見し、中国の領海決定に関する声明を認め、これに賛同した。
1987年3月17日から4月1日まで開催されたユネスコ政府間海洋学委員会(UNESCO/IOC)第14回会議は、『全球海面水位観測システム実施計画1985-1990』について討議した。当該文書は西沙諸島と南沙諸島を全球海面水位観測システムに組み込むよう提言し、またこの二諸島は「中華人民共和国」に属すると明文化している。中国政府は南沙諸島と西沙諸島上の各1つを含む、5つの海洋観測ステーションを建設することを委任された。
多くの国で出版された百科事典、年鑑と地図は南沙諸島を中国に属すると標記している。南中国海諸島が中国に属することは早くから国際社会の一般的認識になっている。