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温元凱氏 「高考」を復活させた座談会
  ·   2018-05-29
タグ: 改革開放;教育;社会
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科学と教育工作座談会 

1977年8月初めのある日、温氏は上海にある自宅で夏休みを過ごしていた。そこに北京から電話がかかり、彼を大層驚かせた。それは中央弁公庁からの電話であり、重要な会議に招待するので、明日北京に来てほしいとのことだった。 

この重要な会議とは前述の鄧小平氏が自ら主宰し開いた科学と教育工作座談会のことであった。参加者名簿を目にし、温氏は再び驚いた。33人の参加者の大部分は科学技術教育界の権威であり、温氏だけが唯一40歳以下の参加者だったからだ。 

8月4日午前、座談会は北京の人民大会堂で開かれた。開幕してすぐに鄧氏は、「私は中央に科学技術教育を担当し援助するように頼んだ。この度座談会を開いたのは皆さんの科学技術教育の発展に対する考えを知りたかったためであり、要求や見解があれば構わずに言ってほしい」と話したと、温氏は思い返す。

座談会は3日間にわたって開催され、当時清華大学の副校長を務めていた何東昌氏は新入大学生の文化レベルが低く、多くの学生は小学生レベルであり、痛恨の極みであると発言し、一石を投じた。当時の新入生募集の方針であった「自ら志願し末端組織が推薦し、指導者が承認し学校が再審査する」はすぐさま議論の的となった。 

合格発表の掲示板の前につめかけた受験生

鄧氏が一部を削除した新たな新入生募集の方針は「自ら志願し、厳格な試験で優秀な学生を採用する」となった。 

鄧氏が自ら修正した新入生募集の方針により、ほとんど全ての人は平等な権利を得ることとなった。多くの若者は自分の運命に新たな変化が現れ始めようとしていると感じ始め、喜び勇んで「高考」に参加した。 

1977年冬、570万人の受験生が「高考」の受験会場に赴き、その年全国の総合大学・単科大学は27万3000人の新入生を採った。1978年夏、全国で610万人の受験生が出願し、40万2000人が合格した。

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