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安徽省小崗村の命をかけた誓約書
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· 2018-05-28 |
タグ: 改革開放;農村;政治 | 印刷 |
1年後、中央は文書を下達し、生産請負と農業経営の請負が一律許可された。1982年には、全国で95%の農村が世帯生産請負責任制を実施するようになる。小崗村、さらには全国の8億の農民はついに長く待ち望んできた春を迎えたのである。
その後、小崗村は何年も続けて喜ばしい食糧増産を達成する。しかし数十年が過ぎ、この「中国改革第一村」は再び新たな悩みに直面した。「衣食が満ち足りるラインは一気に越えたが、30年経っても高収入のレベルになっていない」。他に先駆けて衣食が満ち足りる生活を実現した農民たちが、いつになっても豊かになれないのはなぜなのか?
困難な時期を乗り越えた後、小崗村はその時の情勢に応じて変化を遂げた。沈浩・小崗村党支部書記(当時)ら村民委員会の指導の下、小崗村は「第2次土地改革」をスタートさせ、他に先駆けて新型土地使用権譲渡制度を確立・実施し、単一的な穀物生産構造を飛び越えて、大規模経営の道を歩み始めた。
現在の小崗村
改革を行ったことで、小崗村の人々は再び農村振興の先駆けとなった。特に2016年に習近平総書記が小崗村を視察してからは、農業から観光業へ、土れんがの家から安徽風の民家建築へと、小崗村は年ごとにその様相を変えてきた。昨年の農民1人当たり平均純収入は1万8000元余りに達した。
厳さんは言う。「自分は最初に始めた18人のうちの1人。改革者ということになりますね。生産責任制は、以前はお腹を満たすためでした。党が40年間良い政策を続けてくれたおかげで、私たちは今、衣食に困らず、どの家でも2階建て以上の家に住んでいる。今、中国国民として最高に幸せです」。
「北京週報日本語版」2018年5月28日
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