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「私とは何か」を探して 作家・平野啓一郎氏インタビュー
  ·   2019-07-17  ·  ソース:人民網
タグ: 文学;小説;中日交流
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事実この「私とは何か」という疑問は、平野氏自身の悩みでもあった。彼は10代のころからこの疑問について考え続け、その答えの一つが「分人主義」だった。

一人の人間はこれまで「分けられない(individual)」存在だとされてきたが、実は複数の「分けられる(dividual)」存在であり、人は複雑で様々な他者と向き合うときに、いくつもの人格を使い分けているというのが、彼の考える「分人」という概念だ。

現代社会は個人を分けることのできない一つの主体とし、ただ一つの性格と思想をもつ主体であるとみなしている。しかし私たちは色々な人々と向き合う場合、それぞれ異なる人格をみせている。例えば家族や恋人、同僚、上司などに対し、私たちは異なる人格で接しており、ここからも人には異なる人格が存在し、それは「分けられる」人格であることが分かる。

平野氏は、「それについては、必ずしも悲観的ではなく、自分がどのような分人を、どのような構成比率で持っているのか、ということに自覚的であることが重要」だとしている。そして、「一なる他者との分人を絶対化せず、常に複数の分人を通じて個々の分人を相対化する」ことを主張し、好きな分人の比率をなるべく増やし、嫌いな分人の比率が低くなることが理想的だと思って生きているのではないかとした。

さらに「いずれにせよ、『個人』という、近代以降、自己認識に用いられてきたモデルでは把握できない主体のあり方が一般化しているように見える」としている。

現実においてこうした探索は人々が心に抱えているもやもやとした疑問を具象化する助けとなり、その思考を昇華させる。「小説家は、人が漠然と感じていることを言語化しなければならない。それを物語の中で体験することで、読者は自分自身の問題について、新しい言葉で考えることが出来るようになる。私自身が、一読者としてそのように本を読み、自分の人生について思索を深めてきた」。

実は平野氏の「分人主義」を体現した作品は多い。分人主義シリーズ三部作と言われる「日蝕」と「一月物語」、「顔のない裸体たち」のほか、中国ではまだ出版されていないエッセイ「私とは何か~『個人』から『分人』へ」などでもこの分人主義についてより多く解説されており、この本は日本で広く読まれている。

平野氏が描く人物やストーリーにも彼のいくつかの分人を投影しているのかもしれない。先ごろ中国語版が出版された「マチネの終わりに」の主人公はクラシックギタリストであり、また「葬送」でもショパンやピアノなど音楽に関する要素を盛り込んでいる。

中国の小説は大きな歴史の変化に翻弄される個人を描き、日本はその成功や失敗を個人に帰する 

平野氏が最初に中国を訪れたのは17年前。

2002年に彼はNHKのドキュメンタリー番組の取材で、上海、紹興、天台山を訪れた。車での移動が多く、その国土の広さを痛感したという。そして上海では、書店で夢中になって本を読んでいる中国人を目にし、その知的な好奇心の表れは、今日の発展を予感させる光景だったと語っている。

しかし平野氏と中国との出会いは実はそれよりももっと早く、文学作品を通じてだった。

中国文学に関心を抱いていた平野氏は、第二作となる「一月物語」で「高粱一炊の夢」や荘子の「胡蝶の夢」といった中国古典の物語をベースにしている。

彼が最も関心を抱いているのは、唐代の詩人で、特に「一月物語」で引用した李賀が好きなのだという。

また、「日本語について考えようとすれば、必然的に中国の古典に遡らざるを得ない。最近、日本語の『カッコいい(恰好が良い)』という言葉に関する本を書いたが、『恰好』の最古の使用例は、『白氏文集』に見られる。また、『カッコいい』とも関係する、日本の『武士道』の基本となった『義理』という概念は、中国の春秋戦国時代に生まれ、宋学によって思想的に深められたようだ。それが、日本に輸入された後に、独自に発展し、取り分け20世紀後半以降、非常に大きな意味を持つようになった」としている。

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