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北京週報>>特集>>井戸を掘る人々
──中国で、日本で、暮らして
 
~元北京駐在員のつぶやき~
「中国人はいつからそんなにせっかちになったのか」

須賀 努

日本人観光客を中国へ連れて行く旅行会社の添乗員から「中国人はいつからあんなにせっかちになったのか」と聞かれた。飛行機や列車は座席が決まっていても、皆われ先に乗り込もうとする。荷物が多いからだろうか。現地に着くと先ず日本人のお客さんに伝える事項の一つが「現地ガイドは何でも早く行こうと言いますが、気にしないで自分の見たい所をゆっくり見てください」というのも驚きの現実。彼女には中国人が急ぐ理由が全く分からない。

事実中国人の旅行で一番気になる点は日程が忙し過ぎること。以前は日本人もそうであったが、今の中国人ほど忙しくはなかっただろう。観光地に行き、記念写真を撮り、バスの車内では寝て、また次で降りて・・。はっきり言って初めて旅行する時は一つでも多くの有名な場所を回り、帰国後、お土産を配りながら、親せきや友人に写真を見せて自慢したい、という気持ちがある。それは分からなくもない。

しかし先日訪れたインドの紅茶の産地、ダージリンには国慶節休みのため多くの中国人が茶園視察に来ていたが、茶業関係者でさえ、ろくに説明も聞かず、工場の写真を撮りまくり、そして筆者が話を聞こうとしても、足早に走り去る、これも一つの旅の姿ではあるが、これで楽しいのだろうかとふと疑問に感じるほど、彼らは日程に追われていた。

事は観光に限った話ではない。昔の中国を知る日本人は「中国人はどんな環境の中でもどんと構え、自分のスピードでしか仕事をしない。日本人とは根本的に違うんだ」と話す。確かに25年前筆者が留学していた上海では、人々はゆっくり生きていたような気がする。いくら外国人にサービス精神が無いと言われても、自分達のペースで仕事をしていた。当時は電話一つ掛けるのにも、結構時間が必要だったので、急げと言われても出来なかった面が大きかった。

しかし90年代前半からの経済成長局面で人々は徐々に時間を気にするようになる。仕事のアポイントメントも昔は「明日の午前中には行けると思います」、などと大雑把だったが、この頃から「明日午前10時」などと変わって行った。今や都市部では地下鉄などが発達し、ハード面が揃っているので、急がない言い訳が出来なくなってしまったということ。中国人経営者の中には自家用ジェット機を持ち、世界中を時間に追われながら、文字通り飛び回っている人もいる。

せっかちになる理由は交通や通信などのインフラが整いだすことを背景に、「人より速くチャンスをつかむため」または「人より遅れないため」に行動するからだろう。一部の人が巨万の富を築いた中国、それを見せられれば全体的な動きも早くなる。やはり経済成長、それも急激な成長の過程で人は行動を変えてしまう。成長の中でチャンスをつかむには人より少しでも早く情報を得て、考え、判断し、行動しなければならない。より多く儲けるため、少しでもスピードを上げることが重要だと考えるのは自然な発想。せっかちはここ20年の現象と言える。

一方日本は20年の経済低迷を経て、政府の政策から、民間企業まで、全てがゆっくりになってしまった。人にゆとりが出て来たのなら良いのだが、経済が低迷する中、ゆっくりの中に精神的なストレスが溜まってきている。教育も「ゆとり教育」などと言う名前の制度を導入し、学校での勉強量を減らしたりしたが、ゆとりが生まれたと感じる人はいないだろう。相当の混乱が見られた。中国でも最近はせっかち、というより、イライラしている人が多くなったように見える。日本で崩壊しつつある家族関係、人間関係が中国にも少しずつ迫ってきているのではないだろうか。

高度成長はいつかは終わる。筆者も若い頃は人一倍せっかちで、人より早く仕事をすることを目指しており、少しでも時間を短縮することに熱心だった。当時の先輩から「そんなに張りつめて仕事したら体を壊すから気を付けろ」と注意を受けたにもかかわらず、数年間続けていたら、やはり体が壊れ、3年間のリハビリ生活を余儀なくされた時期がある。中国でも、このスピードに着いて行けない人が出ている。北京のある医師に聞いた所、80年代に北京でうつ病患者は年に数人しかいなかったが、今では市民の数%がうつ病またはうつ病予備軍ではないか、と言われ、驚いた。

中国政府も高度成長から安定成長へと既に政策を切り替えている。中国の旅行ブームも10年を過ぎ、かなり慣れてきたはず。そろそろゆっくりと一日一つの観光地だけを回り、じっくりと見学する、一日中ホテルのプールで過ごす、など、違った旅のスタイルが出て来るであろう。「心のゆとり」が持てる社会、それは決して経済的な発展だけが幸せではないということに日本人は気が付いてはいるが、しかしそれをどうしたらよいか分からずにいる。中国人はこれからどうするだろうか。

「北京週報日本語版」2011年11月1日

 

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