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改革開放に関するキーワード:基本方針の章
  ·   2018-11-21
タグ: 改革開放;基本方針;キーワード
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四つの基本原則 

改革開放初期、社会と党内にいくつかの思想の動向が現れた。一部の人々の間に、依然として思想の硬直あるいは半硬直の状態が存在していた一方、極めて少数の人々が無政府主義とブルジョア自由化の主張を宣伝し、社会主義制度に反対し、共産党の指導に反対し、毛沢東思想の指導的地位に反対し、社会に思想の混乱を招き、中国社会の安定と改革開放の方向に直接影響した。このような状況の下で、1979330日、鄧小平氏は党中央を代表して理論工作座談会で「四つの基本原則を堅持しよう」と題する講話を行った。四つの基本原則の核心的内容は、社会主義の道を堅持すること、プロレタリアート独裁(後に人民民主的独裁と改称した)を堅持すること、共産党の指導を堅持すること、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想を堅持することだ。鄧小平氏はさらに、四つの基本原則の堅持は、四つの現代化(工業の現代化、農業の現代化、国防の現代化、科学技術の現代化)の実現の根本的な前提で、核心は共産党の指導の堅持だと指摘した。198710月、第13回党大会は、四つの基本原則を重要な内容として、社会主義初級段階における党の基本路線の中に書き入れた。 

「両手でつかみ、両手はどちらも硬くなければならない」 

「両手でつかみ、両手はどちらも硬くなければならない」は鄧小平氏による中国の特色ある社会主義を建設する基本的な戦略思想で、唯物弁証法に対し十分通俗的で高度に総括した説明で、改革の全面的深化のためにしっかりと把握しなければならない科学的方法論だ。 

改革開放以来、鄧小平氏は片手で物質文明建設をつかみ、もう片手で精神文明建設をつかむこと、片手で四つの基本原則の堅持をつかみ、もう片手で改革開放をつかむこと、片手で建設をつかみ、もう片手で法制をつかむことなどの「両手でつかみ、両手はどちらも硬くなければならない」の思想を提起し、改革開放と社会主義現代化建設の順調な推進を確保した。客観的な情勢がどのように発展変化しようとも、「両手でつかみ、両手はどちらも硬くなければならない」という基本的な思考方法は時代遅れにならない。現段階でこのような科学的方法論は依然として中国共産党が守り従う思考方法だ。例えば、習近平総書記は次のように強調している。改革を全面的に深化させる際に、思想を解放することと事実に即して真理を求めることの関係、全体的な推進と重点的な突破の関係、トップダウン設計と「踏み石を探って川を渡る」ことの関係、度胸は大きくすることと歩みは穏やかにすることの関係、改革と発展と安定の関係を適切に処理しなければならない。 

「踏み石を探って川を渡る」 

「踏み石を探って川を渡る」は中国の特色と中国的知恵に富み、中国の国情に適った改革の方法だ。「踏み石を探って川を渡る」とは、つまり法則を探るということだ。必ず突破しなければならないが、当分確実な勝算がない改革について、まず先にテスト改革を行い、実践を重んじ、創造を重んじ、大胆に模索し、勇気をもって切り開くよう励まして、経験を得て、見定めてから再び押し開くというようにする。「踏み石を探って川を渡る」は改革開放の方法論と見なされている。中国の改革開放の40年にわたる歩みはこのようなものであった。それはつまり、先にテストし、後に総括し、さらに押し開くという絶え間なく積み重ねていくプロセスで、農村部から都市へ、沿海地域から内陸部へ、局所から全局へといった絶え間なく深めていくプロセスでもある。これらの漸進式の改革によって、改革の状況がはっきりしていないことや、措置が不適当なことから引き起こされる社会の混乱を回避したので、着実に改革を進め、目標を順調に実現することを確保した。「踏み石を探って川を渡る」は、人々の客観的法則に対する認識のプロセスに合致しており、事物の量から質への変化という弁証法の法則にも合致している。改革開放の初期において「踏み石を探って川を渡ら」なければならなかっただけでなく、改革の全面的深化に取り組む現在においてもまた「踏み石を探って川を渡る」必要がある。当然のことながら、「踏み石を探って川を渡る」にもまた法則性があり、すでに認識された法則によって事業に取り組み、実践の中で認識を深めなければならず、また実践の中での模索を踏まえて大胆に突破しなければならず、「踏み石を探ることにとどまり、川を渡ることを忘れる」ようなことをしてはならない。 

社会主義初級段階 

社会主義初級段階は、広い意味での、いかなる国でも社会主義に入る際に通過する初期段階を指すのではなく、特に中国のような、生産力が立ち遅れ、商品経済が未発達だという条件下での社会主義建設が通過せざるを得ない特定の段階のことをいうのだ。生産力のレベルは社会主義初級段階を判定する根本的な基準だ。社会主義初級段階の論断には二つの意味が込められている。一つは、中国はすでに社会主義社会に入っており、社会主義を堅持しなければならず、また社会主義から離脱することはできない。もう一つは、中国の社会主義社会は現在も今後長期にわたっても初級段階にあり、この点を直視しなければならず、初級段階から逸脱できない。 

1987年に開かれた第13回党大会の報告は次のように指摘した。「わが国は1950年代に生産手段私有制の社会主義改造が基本的に完成してから、社会主義現代化の基本的実現まで、少なくとも100年間必要で、その間は全て社会主義初級段階に属する」。改革開放40年以来の急速な発展、特に第18回党大会以降に得た歴史的成果と起こった歴史的変革を経て、中国の特色ある社会主義は新たな段階に踏み出した。しかし、今でも生産力レベルの飛躍的な発展は現代化を実現するレベルには達しておらず、この時期に現れた発展の段階的な特徴は依然として社会主義初級段階という背景の下の新たな特徴で、社会主義初級段階を超えた後の特徴ではなかったため、わが国の社会主義が位置している発展段階に対する判断を変えることはできない。 

中国の特色ある社会主義を建設する 

19829月、中国共産党は第12回党大会を開いた。鄧小平氏は大会開会式で、「マルクス主義の普遍的真理をわが国の具体的実情と結びつけ、独自の道を歩み、中国の特色ある社会主義を建設する」と明確に提起した。「中国の特色ある社会主義を建設する」という提起は、改革開放という新しい時期に入った後、中国がどのような道を歩むかという人々が最も関心を持つ重要な問題に答え、新しい時期の改革開放と社会主義現代化建設を導く偉大な旗印となった。 

19846月、鄧小平氏は、第2回中日民間人会議に参加するために訪中した日本側の委員会代表団と会見した際、次のように指摘した。中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(第113中全会)から、われわれは実事求是の思想路線を制定し、社会主義の道を断固として歩むことを決めた。社会主義初級段階の最も根本的な任務は生産力を発展させることだ。われわれが打ち出した「四つの現代化」の最低目標は、今世紀末までに小康(ややゆとりのある)レベルの社会にすることだ。社会主義を堅持しなければ、中国に小康社会をつくり出すことはできない。要するに、これが中国の特色ある社会主義建設の道と呼ばれるものだ。これは、鄧小平氏が初めて談話の中で、第113中全会以来、中国共産党が実践の中で形成した最も重要な方針と政策、理論と観点を系統的に述べたものだ。 

198710月に開かれた第13回党大会は初めて「中国の特色ある社会主義建設の理論」という概念を打ち出し、併せて、その主要な観点を系統的に総括し、鄧小平理論の輪郭をつくり上げた。199210月に開かれた第14回党大会は初めて「鄧小平同志の中国の特色ある社会主義建設の理論」という表現を使い、鄧小平理論の主要な内容に対して、新たな科学的総括を行い、それを比較的完全な科学体系とした。

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