~大気汚染対策の本気度を証明する~
私が南京で長期滞在を始めた2001年ごろは、南京市内の玄武湖に、腹を上にして死んでいる魚が湖岸に何匹も見られた。生活排水や工場排水、農業肥料などが流入して、玄武湖が富栄養化状態となり、魚類が死亡する一種の公害なのだろうと私は思った。
日本では1950年代後半から、70年代前半にかけて高度経済成長政策で、環境保護より開発を優先し、大気や水質、土壌が汚染され“公害列島”と言われ時期があった。この経験から南京市は今、“公害”初期の状況になり始めているのではないかと私は憂慮していた。空全体を茜色に染めて西に沈む太陽も、スモッグのような霞がかかっていた。友人の「老南京人」に訊くと、「私たちが子供の頃の空はどこまで青く透き通り、残照もみんなの顔を赤く染めて、それは見事でした」という。
南京市の大気汚染は、私が帰国した2013年夏ごろまでにはほぼ解消され、透き通った空の青さや茜色の残照は、「老南京人」が自慢する昔に戻っていた。
2013年1月には中国国内でPM2.5による大規模な大気汚染が発生したが、マスクをして外出するほどだった北京の大気汚染も2019年ごろには劇的に改善され、日本のメディアでも汚染の解消が報道されていた。日本では“公害列島”の汚名が返上されるまで30年間余りかかったのに比べ、中国は10年足らずで解消したことになる。「美しい中国を建設する」という中国の環境保護対策の本気度は、このことからも明らかといえる。
~中国の伝統的な価値観の重要性を強調~
「現代シルクロード」は、古代とは比較にならない程、発展速度が速くなっている。リチウムイオン電池の開発で2019年のノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏は、開発の研究を開始した38年前には、今日のようなスマホ社会をまったく予想していなかったと述懐している。ノーベル賞受賞者ですら驚きを隠せないほどに、現代の発展進歩は速くなっている。「二つの百周年」までに、われわれが想像するよりはるかに大きな「中国の夢」が実現することは充分考えられる。社会が大きく変わっていく中で、守るべきものもまた多い。
習近平主席は、第二巻の九章<文化への自信を固める>の「家庭を重んじ、しつけを重んじ、家風を重んずる」という項目の中で、中国の伝統的な価値観の重要性を次のように指摘する。
「中華民族は昔から家庭生活を重視してきた。<老人を尊び子どもを愛す><良妻がいれば夫は安心して仕事ができる><母は慈しみ、子は孝養を尽くす><兄は弟に兄弟としての愛情を尽くし、弟は兄を慎み敬う>(中略)といった中華民族の伝統的な家庭の美徳は、中国人の心の中に深く刻まれ(中略)薪の火のように代々続いていくのを支える重要な精神的力であり、家庭の文明建設の貴重な精神的財産である」
つまり、物質的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさもまたかけがえのない財産であり、人々が幸福感を得られるかどうかの大きな要素であるということを力説する。国を富ませるものは、科学技術や経済政策などに限らない。長い歴史の中で育まれてきた中華民族の美徳や伝統的な価値観を守り、次の世代へ伝えていくことの重要性を、習近平主席は強調している。
最近の中国では、一人で羊肉などの火鍋を食べる「一人鍋」や、電話ボックス型の中で歌う「一人カラオケ」、「独身向けのスナック菓子」など、独身者用に“おひとり様”のサービスがはやり、年配者との「世代間ギャップ」が広がっている。このことを予見して憂慮した習近平主席は、伝統的な価値観がなくなることを事前に警告しているのだろう。
この第一、二巻に掲載されている各スピーチの中には、読書好きな習近平主席らしく、度々論語や漢詩が登場するが、項目ごとに注釈が付けられ、漢詩が好きな私にとって、楽しく味わいながら読むことが出来た。政治や経済などさまざまな側面から現代中国を理解したいと考える方にとっても極めて有用な書である。多くの人がお読みになることをお勧めしたい。
「北京週報日本語版」2020年1月6日