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ミャオ族の村人に「大伯母」と慕われる大学教授(二)
本誌記者 馬力  ·   2017-09-30
タグ: ミャオ族;貴州;社会
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張暁松教授とミャオ族の村人たち

半年後、張教授が再び季刀村に来てみると、ヤンさんが「皆刺繍ができるようになった」とうれしそうに言ってきた。「その時はとても小さな刺繍布から始めました。それならすぐに商品になるし、ほかの地域の人からオーダーしてもらえば、村の女性たちの収入になるからです」。「手」計画は最初このような形で始まった。  

「『手』計画では、公益心や思いやりのある人にお願いして、伝統の技で作った商品をオーダーしてもらう形を取りました。オーダーしてくれた人にはこんなお礼のメッセージを出しました。皆さんの資金は伝統技術と伝統文化の継承に役立ちました。それと同時に、皆さんも手作りの特別な贈り物を手にすることができます。私たちが特別に作った手作りの品です。皆さんのおかげで村の女性は家で仕事ができるようになり、多かれ少なかれ収入を得ることができました。心から感謝を申し上げます」。張教授のこの計画は、確かに季刀村の女性たちに経済収入をもたらした。 

「手」計画が始まって2年が経った頃、張教授は季刀村に着いた途端にヤンさんの家に連れて行かれた。「ヤンさんは私に彼女の母親が当時作ってくれた花嫁衣装と同じ色の服を着せて、『お礼にプレゼントしたい』と言いました。なぜかと聞くと、ヤンさんは『張さんのおかげで母親の刺繍の技術を学ぶことができて、とてもうれしいから』と答えました」。子供のように喜ぶヤンさんを見て、張教授の心にはそれにも増してうれしさがこみ上げた。 

その後、ヤンさんと村の女性たちは刺繍の名人になっていった。様々な模様の刺繍作品が次々と生み出されていった。「女性たちは刺繍しながら歌を歌います。私が彼女たちにもたらしたのは毎月1000元程度の収入なのに。彼女たちにとっての幸せはなんとシンプルなことか。でも後になって、少しずつ分かってきました。実際のところ、こんなふうに技術を継承することは、皆の幸せな生活への追求もある程度満たしていたのです。ほんのわずかではあるけれど、確かに変化は起きています」。張教授は、「女性たちの笑顔を見ると、自分がしてきたことなど取るに足らないものだと感じる」と言う。 

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