本誌日本語専門家 勝又あや子
秦皇島のあるレストランで出された木の葉に包まれた餃子のような食べ物。その食べ物のルーツには、明代に長城の守備にあたったある武将が関わっているという。そしてそれは日本の柏餅によく似ていた。
秦皇島名物「ボールォビン」
柏の葉に包まれた餑欏餅
「このあたりには『ボールォビン』という食べ物があるんですよ。」
万里の長城の東の端、渤海に突き出した老龍頭で、現地ガイドがこう言った。ボールォビン?ビンは餅だけど、ボールォは……菠蘿(パイナップル)?いぶかしく思っていると、ガイドはこう続けた。
「木の葉で包んだ餃子のようなものです。でも小麦粉ではなくて、でん粉で作ります。この食べ物は、明代の武将、戚継光と関係があるんですよ。」
戚継光なら、山海関の長城博物館で、画期的な陣形を作った武将だという展示を見たばかりだ。
明代の名将、戚継光
戚継光は明代の武将。嘉靖帝時代に「戚家軍」を率いて浙江、福建、広東の沿海各地で倭寇の平定にあたり、後に北方の国境地帯防備を任じられてモンゴル軍と戦った。長城の修復と増強を行い、その在任中、北方国境地帯は安定した。それまでの馬と歩兵という伝統的隊形に、大砲を乗せた戦車を取り入れ、敵の違いに合わせて異なる軍隊戦闘隊形を採用、攻撃と防御を兼ね備えた鴛鴦陣(雌雄陣)という陣形を編み出したことでも知られる。戚継光が実戦をもとにして著した兵法書「紀効新書」は、日本でも愛読されたという。
倭寇退治や北辺防備に功績があり、しかも兵法の大家でもあった戚継光。でも、その戚継光と「ボールォビン」とはどう関係しているのだろうか?
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