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軸をぶらさず、一歩一歩前へ――深圳で起業の道を進む山内佑太さん
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本誌記者・金知暁 · 2022-04-18 · ソース:北京週報 |
タグ: 起業;深圳;中日交流 | 印刷 |
深圳で日本人を貫く若き社長
「起業というのはあくまでツール・手段でしかなく、大変か否かと聞かれると別に大変ではありません」と語る山内さんは起業当初、計画性を全く持たなかったという。「ただ、会社員のように税金やビザなどの手続きを誰かが代わりにやってくれるのと違い、今はすべて一人で代理人を探したり独学したりする必要がありますし、中国語の勉強も欠かせないので、最初はすごく苦しかったです。『深圳速度』という言葉のように、僕自身も考えながらこの1年を歩んできました」。
深圳市の前海深港現代サービス業協力区(写真=新華社提供)
日本では完成された商品を市場に出すのが一般的だが、中国の商品は走りながら考えて作っていく方が多く、そこが日本市場と中国市場があまり噛み合っていないところだと山内さんは感じている。また、深圳のハードウェア会社の中には売上ばかりに注目し、日本市場で生き残るための長期的な資金やマンパワーの投入が足りず、ブランドという観点を気に留めていない会社が多いそうだ。そのことも山内さんが自分の会社をブランディープ(Brandeep)と名付けた理由の一つだという。
「中国の会社は基本的に僕がいなくても、アマゾンや楽天などを使って日本で売っていますが、よりよく売る方法や中長期的に消費者に喜んでもらう心配りはまだできていません。それこそ僕が一番価値を出せるところだと思っていますし、日本の消費者が持つ中国製品に対する偏見を、良い技術とサービスの提供を通して変えたいと思います」と、若き社長の山内さんは自信に満ちている。
「中国で生活していると、『これが中国では当たり前だよ』といったふうに、現地に慣れてくる人もいると思います。でも、中国のお客さんからすれば、僕が相手にとって初めて接する日本人かもしれませんよね。ですので、中国になじんでいきながらもちゃんと責任を持って、日本人としての自分を貫きたいです」と山内さんは自らの信念を大事にしている。
今はチームを作るための種まきの時期
人は三十にして立つ。孔子が自身の生涯を要約したこの言葉のように、山内さんは29歳で独立を決断した。1年が経った今、会社としてはうまく回っているが、本当に泣きそうになりながら朝から晩まで作業する日も多く、全部一人でやる大変さを痛感したという。だが、「中長期的に見た時に、軸をぶらさずに焦らずに、ちゃんと歩みを止めずに進んでいくと実感できれば、僕はそれでいいと思います」と、山内さんは苦労を重ねながらも前進していくことの大切さを語る。
現在、彼は深圳でさまざまなイベントに参加し、より多くの現地でビジネスをする人々と交流を持とうと心がけており、ツイッターやユーチューブなどを使って日本人にも自分の近況と情報を発信している。これらの「種まき」を通じて山内さんは今後、会社としてチームを作り上げること、中国側でも日本側でも信頼できるパートナーと出会い、香港地区と日本に会社を立ち上げることを考えている。若き山内さんの挑戦は、これからも続いていく。
「北京週報日本語版」2022年4月18日
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