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旧日本軍の中国侵略資料に日本人学生涙こぼす 長春東北淪陷史陳列館
  ·   2017-03-21  ·  ソース:
タグ: 旧日本軍;中国侵略;中日交流
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長春東北淪陷史陳列館にここ数日、日本の戦争反対者や元満蒙開拓団メンバー、日本人残留孤児、日本人大学生からなる交流訪問団が訪れた。中央テレビニュースが報じた。

同館は旧日本軍が中国を侵略した大量の動かぬ証拠を陳列している。例えば、1931年に旧日本軍が「九一八事変」(満州事変)を起こしたことや中国を分裂させ、偽満州国を成立させたこと、中国の子供に奴隷化教育を実施したこと、中国の一般庶民の命を奪ったことなどを示す大量の写真や映像資料などで、歴史の真相を明らかにしている。訪問団のメンバーである日本人大学生らにとっては衝撃的な陳列物ばかりだ。ある旧日本軍に殺害された中国の一般人を捉えた写真の前で、桜美林大学4年の豊里紫苑さんは涙を流しながら、「とても心苦しい。これまで、この戦争の歴史のことはあまり知らなかった。私たちの教科書では、これらの写真が示す内容が、大したことではないかのように、日本に有利な内容で描かれている。歴史の真相はこういうことだったのかと今日初めて知った。日本人の一人としてとても心が痛む」と話した。

同大学3年の田中光さんは、日本人残留孤児を引き取った中国人女性の彫像を見ながら、「この女性を見て、新しい世代の日本人として、自分も日中両国の各世代の友好のために努力を続けなければならないと感じた。日本に帰ってからも、ここで見聞きしたことを同級生や友人に伝えたい」と話した。

交流訪問団のメンバーの一人である元国会議員である櫻井規順さん(82)は、「九一八事変」から1945年までに、偽満州国や内モンゴル地区に、日本の国策として送り込まれた入植者・満蒙開拓団の一員だった。当時、日本の貧しい農民が次々に中国の東北地方に送り込まれた。

45年までに、日本は14回にわたり、7万世帯、20万人を中国の東北地方に開拓移民として送り込み、侵略した。日本が敗戦して帰国して以降、櫻井さんは開拓団のメンバーを訪ね、その調査結果を本にして刊行し、侵略行為が中国人や開拓団のメンバーにもたらした消えない傷を明らかにした。そんな櫻井さんは、「開拓団のメンバーの一人として、侵略者の一人として、一生かけて戦争という悪行について反省し、懺悔し、謝罪している」と話す。

櫻井さんは、「侵略を行った国には歴史的意識が必要で、戦争の責任を負い、教育や歴史資料を通して国を挙げた育成を行わなければならない。戦争を二度と起こさないためには、特に若い人に美化された歴史ではなく、真実の歴史を知ってもらわなければならない」と語った。(編集KN)

「人民網日本語版」2017年3月21日

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