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湖北省の貧困村に豊かな暮らしをもたらしたブランド紅茶「利川紅」
本誌記者・趙飄  ·   2020-09-14  ·  ソース:北京週報
タグ: 貧困脱却;お茶;社会
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湖北省利川市毛壩鎮楠木村で霧に包まれた茶畑の小道を歩く村民(写真=新華社提供)

湖北省恩施土家(トゥチャ)族苗(ミャオ)族自治州利川市毛壩鎮の北東に位置する楠木村は、霧深く緑の豊かな山々に囲まれた、まるで絵画のように美しい地だ。樹木が生い茂る山頂には赤い文字で「国賓茶」と書かれた看板が掲げられ、とりわけ見る者の目を引いている。

2018年4月28日、この地の名前を冠した紅茶の品種である「利川紅」は湖北省武漢市東湖において行われた中印首脳会談の場で出されたお茶の一つとなり、その名を一気に高めた。この「国賓茶」の製茶で使われている葉は、すべて楠木村利川紅冷後渾茶葉拠点で摘まれたものだ。

「かつてここは全くの荒れ果てた山地でした」と、田雲奇楠木村党支部書記は眼前に広がる青々とした山並みを眺めつつ、過去を振り返った。

楠木村はかつてよく知られた貧困村であり、四方を山に囲まれて耕地は少なく、村民たちが穀物を植えるだけでは衣食の問題を解決できなかった。

荒れ果てた山が茶畑に

茶畑で春茶を摘む田雲奇楠木村党支部書記(写真=新華社提供)

この地で生まれ育った田書記は若くして村を出て、自分で商売を始めて暮らしが徐々に豊かになったのち、故郷に戻って農村建設に進んで参加した。2008年には楠木村村民委員会主任に選ばれ、村民たちとともに豊かになる決意も揺るぎないものとなった。

豊かになるための道はどこにあるのか?利川市のお茶栽培の歴史は長く、お茶の産業チェーンはおおむね整えられているが、楠木村は衣食の問題がいまだ解決されておらず、道路も通っていないことから、お茶の栽培は柱となる産業ではなく、村民は主に農作物を育てていた。道路が開通したのち、政府の支援のもとで田書記は思い切った決断をした。それは、荒れ果てた山を切り拓き、耕地を茶畑にするということだった。

しかし、当初呼びかけに応じる村民はほとんどいなかった。

「お茶が売れなかったら食にも事欠くようになる。餓えたらどうすればいいのか?」。長年、貧しい暮らしにあえいできた村民たちの疑念は大きかった。もっとも、田書記は村民たちが心配するのも無理はないと分かっていた。利川市は紅茶産業が盛んだが、長きに渡り販路は安価な原料としての輸出が主で、利益は少なく、輸送の際のリスクは大きかった。

この問題を解決するため、田書記は利川市茶葉局の胡家雄副局長に教えを請い、生産量が多く売れ行きの良いお茶の品種の育て方を指導してくれるよう頼んだ。「そうしたら、胡副局長は生産量が最も少ない品種を私に勧めたのです」と田書記は笑顔で語った。

そのお茶の品種こそ「冷後渾」だったのだ。

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