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32歳の若き日本人起業家・吉川真人さんと深圳との深い縁
本誌記者・金知暁  ·   2022-07-28  ·  ソース:北京週報
タグ: 起業;深圳;中日交流
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吉川さんが好きなスポットの一つだというテンセント本社ビルの下からの風景(写真=本人提供)

「まず、これは自分の知っている中国じゃないというふうに感じました。留学時代に北京で暮らしていましたが、その頃のイメージとは全く違うぞと思ったんですね。シェアリング自転車とかスマホ決済とか無人コンビニとか、今では普通に聞く話になりましたが、当時の自分の思いとしては『中国は生まれ変わった』『新しいフロンティアの国だ』といった印象で、いい意味でのカルチャーショックを受けました」

19年2月、中国共産党中央および国務院は「粤港澳大湾区発展計画綱要」を通達し、中国で最も高い開放レベルと最も強い経済の活力を有する地域として、世界の人々の注目を再びグレーターベイエリアに引き付けた。このことは吉川さんにとっても深圳移住を決断する大きなファクターとなった。

「深圳はグレーターベイエリアで最も発展の勢いがあり、ビジネスチャンスが多い都市ですから、行くなら早いに越したことはありません」

3カ月後、吉川さんは学生時代から抱いていた中国での起業という夢を携え、深圳に正式に移り住んだ。そして本人も予想していなかったことに、すぐさまビジネスチャンスを見つけることができた。

「三顧の礼」による起業パートナーとの出会い

「ビジネスを一緒にやってくれる中国人を探していたのですが、深圳に着いて2週間後くらいにたまたまツイッターのダイレクトメールが来たんです。彼に私のビジネスプランを見せると笑われてしまって、『せっかく中国で起業するのであればもっと大きいことをやった方がいい』というふうに説得されて、全く考えてもいなかった中古ブランド品事業を提案されました」。普段からツイッターで中国、そして深圳での出来事を紹介していた吉川さんは、ビジネスパートナーとの出会いを振り返り、そのように語ってくれた。

吉川さんは当初、中古ブランド品事業にあまり乗り気でなかったが、その中国人はなおも誠意を持って吉川さんを食事に誘い、ビジネスモデルや見通しについて語り、家族を紹介するなどしてきたため、「劉備玄徳と諸葛亮孔明との有名な逸話である三顧の礼のようでした」と吉川さんは語る。結局、吉川さんはその誠意に心を動かされ、一緒に起業をすることとなった。

20年3月には1年近い準備を経て、深圳前鋒資産および日本で60年以上中古ブランド品流通の実績を持つmonobank社との中日合弁企業である深圳市物銀科技有限会社を正式に立ち上げた。吉川さんはCo Founder兼CDOに就任し、自らの起業の夢をかなえたのだ。

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