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日本のある友好団体のメンバー、33年間毎年訪中して「緑の贖罪」
  ·   2018-04-03
タグ: 日本;訪中;中日交流
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江蘇省南京市にある平和広場の紫金公園における樹木の剪定から史料陳列室の見学、歴史の口述インタビューの対応など、清明節(先祖を祭る中国の伝統的な祭日、今年は4月5日)を前に日本の「南京大虐殺被害者追悼植樹訪中団」の事務局長を務める秋本芳昭さんは単身、中国侵略日本軍南京大虐殺遭難同胞紀念館を訪れ、犠牲者を追悼した。統計によると、同植樹訪中団は33年もの間、毎年欠かすことなく植樹しており、これまでに植樹した数は累計6万本にも上るという。

南京大虐殺被害者追悼植樹訪中団は日中協会が組織する日中友好プロジェクトの一つ。1986年より同訪中団のメンバーが毎年南京を訪れ、紀念館や珍珠泉公園などにこれまで計6万本を植樹する「緑色の贖罪」を続けている。

今年は中日友好条約締結40周年だが、元植樹訪中団団長であり日中協会理事長の白西紳一郎氏が死去し、またメンバーの高齢化などの原因から、今年の植樹訪中団は実施されなかった。

「緑の贖罪」を続けていくために、すでに80歳をこえた秋本芳昭さんは高齢にもかかわらず、一人で「緑の贖罪」をしようと決意。3月末に南京にやって来た秋元さんは紀念館にある「三個必勝」展示ホールを見学に訪れた。そしてホール内の「日本軍捕虜や日本人を送還し、日本人の遺骨を友好的に対処」という展示パネルの前で長い間立ち止まっていた。

秋本さんによると、彼の父親は1944年から45年にかけて南京で貿易会社を経営しており、父親に連れられ、弟と一緒に南京の太平南路で2年ほど生活した経験を持つため、南京には特別な感情を抱いているのだという。

彼は展示パネルの「南京市政府は日本人が占用する家屋を一時的に封鎖し、不法侵入や物品の持ち出しがあった場合、厳重に処罰する」という通知のパネルを指差しながら、「これは当時の南京市政府が日本人の財産を保護するために、日本人の家屋に張っていたシール」と語った。彼の家も、このシールが張られていたために全く被害に遭わなかったという。終戦から6ヶ月後、秋本一家は日本に送還されたが、その間の対応も友好的であったという。

秋本さんは、「日本の中国に対する侵略戦争は間違った行為。『緑の贖罪』を通して被害者に対する追悼の念を表し、また平和の理念を次の世代に伝え、より多くの日本人の若者が南京大虐殺の歴史の真実を理解できるよう祈っている」とした。(編集HQ) 

「人民網日本語版」2018年4月3日  

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