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乙女心を常に忘れない日本女子卓球選手の福原愛
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· 2016-08-12 · ソース:人民網 |
タグ: 福原愛;卓球;中日交流 | 印刷 |
リオデジャネイロ五輪は北京時間11日午前、卓球女子シングルス3位決定戦が行われ、五輪で初めて4強入りした福原愛選手が、1-4で朝鮮のキム・ソンイ選手に敗れ、銅メダル獲得はならなかった。世界中にファンを抱え、中国でも「瓷娃娃(磁器の人形)」の愛称で親しまれる福原選手にとって、4回目の五輪出場となった今回。シングルの戦いが終了した。河北日報が報じた。
今年28歳の福原選手は、今回の五輪では絶好調。特に、準々決勝で、第2シードのシンガポールの馮天薇(フェン・ティアンウェイ)選手を4-0のストレートで破り、大勢のファンが福原選手の「決勝進出」に期待を膨らませた。福原選手自身さえ、「夢を見ているみたいで、ちょっと不思議」と語ったほどだ。しかし、グランドスラムを達成した前回五輪の金メダリスト中国の李暁霞(リ・シャオシャ)選手には、全く歯が立たなかった。4ゲームを戦って、福原選手の得点はわずか計9点。子供のころから、中国に「卓球留学」していた福原選手であるが、卓球という競技における、世界と中国の差を再び目の当たりにした形となった。
中国人選手が世界を圧倒している卓球女子界において、福原選手がこれほど多くのファンを獲得しているのは、「中国卓球界のマスコット」と言われるこの日本人女性が、常に「あきらめずに戦う」精神を示す一方で、常にかわいらしい女の子らしさを失わず、その上中国と深く、離れがたい結びつきを持っているからだ。
1988年生まれの福原選手は、10歳の時に中国で卓球の訓練を受けるようになり、2005年には、遼寧省チームに入団して、中国スーパーリーグに参戦するようになった。この間、遼寧省で生活していたため、彼女は中国東北地方のイントネーションの流暢な中国語を話す。
遼寧省チームには、先輩の王楠選手や同じ年の郭躍選手がおり、この選手たちのおかげで、福原選手は急速に実力を伸ばしていった。04年にアテネ五輪に参加した当時、福原選手はわずか15歳で、日本では史上最年少の出場となった。12年のロンドン五輪では、エースとして団体戦に出場し、日本卓球史上初となる銀メダルを獲得した。
福原選手をよく知る中国の選手やコーチはみんなこのかわいらしい彼女を気に入っており、遼寧省チームの谷振江監督によると、「福原選手は、さっぱりした性格であれこれ考えないタイプ。練習以外の時は遊んでいた。毎回世界大会で、リュックに一番たくさんぬいぐるみをつけているのはいつも福原選手だった」という。
子供のころから中国で腕を磨いていたため、中国人からの思いやりを自分の肌で感じてきた福原選手は、中日関係において、常に自分なりの貢献をして来た。例えば、07年には、中日文化・スポーツ交流年のスポーツ親善大使を務めている。
身長155センチで、「瓷娃娃」のニックネームで知られる福原選手は、卓球を通して、人生の価値を見付け、卓球を通して、中日のスポーツ交流を促進してきた。福原選手は、今回リオ入りした後の微博(ウェイボー)初投稿で、「選手村で中国代表の棟もあった」と書き込み、多くのネットユーザーの注目を集めた。また、福原選手が自分でトイレの便器を修理した際の画像にも、好意的な声が次々に寄せられた。
日本メディアは、福原選手はリオ五輪終了後、交際中である台湾地区の江宏杰選手と結婚するだろうと報じており、その幸せを心から祈りたい。(編集KN)
「人民網日本語版」2016年8月12日
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