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日本も苦しんだ米「301条調査」は中国に有効か
  ·   2017-08-28  ·  ソース:
タグ: 米国;301条調査;経済
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次々に国内のトラブルが発生する米国で、通商代表部(USTR)のロバート・ライトハイザー代表がこのほど声明を発表し、「トランプ大統領の授権および『1974年通商法』第301条に基づき、技術移転、知的財産権、革新の各分野で中国に対する貿易調査を正式に発動する」と述べた。中国で改革開放がスタートして以来、約40年にわたり協力と競争を織り交ぜながら発展してきた中米間経済はついに重要な節目を迎えた。新華網が伝えた。

通商法301条が前回大規模に応用されたのは1980年代で、当時は米国・日本間で貿易交渉が行われていた時期だ。米国が発動した中国を対象とする301条に基づいた貿易調査は結局のところ中米貿易に対してどのような影響があるだろうか。とりわけ中国経済に対してどんな影響があるのか。この問題を分析する前に、30年前の日本に対する301条貿易調査がもたらした結果をみてみよう。

現在のメディアが20世紀の米日貿易紛争について分析する際には、米国の日本に対する301条貿易調査と為替市場への協調介入強化について合意したプラザ合意が日本のバブル経済崩壊の直接的原因だと単純に結論づける論調が多い。

だが実際には、80年代初めに、日本の輸出企業は米国の圧力を受けて「輸出自主規制」に踏み切り、日本政府の対米輸出の勢いをそいだ。また日本の自動車メーカーはこの時期に米国への大規模な投資を行い工場を建設するようになった。その後、米国の対日301条貿易調査は主として日本に市場を開放し、米国製品の対日輸出を受け入れるよう要求するという形を取るようになった。

日本は米国の圧力を受けて数々の譲歩を行い、プラザ合意に至りはしたが、米国の対日貿易赤字は85年の460億ドル(1ドルは約109.6円)あまりから2016年は688億ドルに増え、貿易摩擦や為替介入によって縮小するどころか、かえって拡大を続けた。そこで後の日本のバブル経済崩壊の問題を分析する際には、80年代の日米貿易摩擦の果たした役割を過大評価してはならない。  

話を現在に戻し、目下の中米経済の競争・協力関係を詳細に分析すると、かつての日米貿易に似たところはあるが、両者の間の一連の根本的な相違をしっかりと認識することが必要だ。

まず、国際環境と背景が異なる。80年代は過去数十年続いてきた経済グローバル化周期の起点であり、当時は米国国内のグローバル化に対する見方は全面的に歓迎するというものだった。米国国民はグローバル化を背景に、国際市場の開放という大きなパイからすべての人が利益を得られると考えていた。

だが現在、米国社会のかなりの人々が、グローバル化した経済はグローバル化した競争をもたらし、米国のエリートたちは引き続きそこから利益を得られ、より大きなパイを獲得することもできるが、経済的な中間層と下層の人々は激化する競争の中で既得権を失うことを知っている。このことがトランプ大統領当選の原動力になった。

トランプ大統領は選挙で勝利して以来、絶えず貿易制裁措置をちらつかせて中国を威嚇し、たとえば鉄鋼産業では、国の安全保障を口実に貿易調査を発動し、中米包括経済対話で中国に自動車の輸入関税を引き下げるよう要求し、メキシコに対して過激な発言を繰り返す。ここには米国の中下層の「自分たちの利益を守ってほしい」という願いが反映されている。

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