本誌記者 馬 力
記者は、四川省カンゼ(甘孜)チベット自治州炉霍県霍爾広場にあるタンカ博物館でユムチュ・ロウ(雍珠洛吾)氏に会った時、灰色のチベット族長衣に、ひげだらけの顔で、話をする時に笑顔を絶やさないこのチベット人を普通のタンカ絵師だと思った。だが、タンカを1枚1枚説明し始めると、ユムチュ・ロウ氏とタンカとの間にはきっと人には知られていない物語があると気づいた。
タンカを学んだのは偶然ではない
炉霍県はタンカ絵師の大家である郎卡傑の故郷で、その流派が今日まで伝わっており、歴代の弟子にその画風がそのまま受け継がれ、炉霍独特のタンカ芸術となっている。ユムチュ・ロウ氏は小さい頃から知らず知らずのうちに郎卡傑のタンカ絵画芸術から影響を受け、一生の追求としてタンカ芸術を選んだ。
「自分はもともと絵を描くのが好きだった。タンカを描くのには肉体労働をする必要はない。毎日屋内に座っていればよく、風や日にさらされる心配はない」。最初の考え方は無邪気で単純だった。しかしユムチュ・ロウ氏は、自分が努力しさえすれば、きっと上手く描けるようになると信じていた。
1995年に中等専門学校を卒業した後、ユムチュ・ロウ氏はタンカの絵画の技法を3年間学んだ。1998年、康定師範高等専門学校に合格し美術を専攻しはじめ、絵画の基礎を系統的に学んだ。「高等専門学校に入学して、自分は構図や絵画の面で不足していることが分かった。タンカを上手く描けるようになるため、高等専門学校で2年間勉強に励んだ」。ユムチュ・ロウ氏は、「勉強を続けたことで、その後タンカに専念するためにしっかりした基礎ができた」と語った。
ユムチュ・ロウ氏
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