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北京週報>>特集>>莫言とその文学世界  
日中米に存在意義あるノーベル文学賞今・昔

 

◇第一言語は中国語、故郷は鎮江◇

南京大学の記念館が閉鎖しているので、私は鎮江にある賽珍珠の旧居に行ってみた。列車の鎮江駅から1キロほど離れた、ゆるい坂道を登りきったところに旧居はあった。木立に囲まれた西洋式の大きな2階建の建物だった。

入館料は隣にある「賽珍珠記念館」とともに無料で、パンフレットも無料だった。すべてが金銭に結びついているような現代の中国で、入館もパンフレットも無料というのは、賽珍珠に対する地元の人たちの敬慕の表れだろうと感じた。

パンフレットの紹介によると、賽珍珠は1892年、生後4カ月で宣教師の父の赴任により一家で中国にやってきた。4歳から鎮江に住み、少女時代をこの洋館で過ごした。1914年に米国の大学を卒業した後、鎮江に戻り地元の中学校で英語の教師となった。その後南京などに移り、40年間近くの中国生活のうち18年間を鎮江に滞在した。このため彼女は「第一言語は中国語であり、鎮江は私の中国の故郷」としているという。

◇現在の中国の姿を50年前に予言◇

旧居の中には客間、食堂、両親の寝室や、彼女の書斎、寝室、写真が綺麗に手入れされて展示してあった。2階の彼女の寝室のベッドの脇には「夢にみるほど欲しがっていた」という西洋のお人形が置いてあった。

記念館の展示品は486件あるが、賽珍珠が1962年2月5日、米国フィラデルフィアの「春節晩会」で講演した内容の言葉が、私は現在の中国社会を予言しているようで、とても印象に残った。

「中国人は人類史上傑出した民族です。彼らは今、懸命になって現代化を進め、工業化の建設に取り組んでいます。これらのことは電光石火の速さで実現させるでしょう。中国に対する現在の米国の政策は完全に間違っている。国交を断絶するのではなく、出来るだけ早く、中国と交流し、対話を急ぐべきです。」

50年前、賽珍珠は現在の中国の姿を見通していた。米国と日本が中国と国交を正常化させたのはこの10年後である。それから40年後、日中、米中の関係がまた軋み出している。歴史が逆戻りしているように思える。(写真はすべて筆者写す)

「北京週報日本語版」2012年11月1日

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