~「古希」の由来となった「曲江・その二」から~
斎藤文男(元・南京大学日本語学部専家)
12年間勤務した南京から日本に戻って2年間が過ぎた。この9月には“古希4年生”になる。盛唐の詩聖・杜甫は「人生七十古来稀なり」と「曲江・その二」で表現した。この漢詩に登場する「蛺蝶」とは、一体どのような蝶なのか前から疑問に思っていた。日本語の読み下し文の多くは「あげはちょう」と訳されている。しかし、中国語の辞書には「ヒオドシチョウ」となっている。現在の中国語で「あげはちょう」は「鳳蝶」、「ヒオドシチョウ」は「朱蛺蝶」と表記される。アゲハチョウとヒオドシチョウはまったく別の種類の蝶である。杜甫は一体どんな蝶を見て詩を詠んだのだろうか。その詩は、「古希」の言葉の由来となった次のような内容である。
朝回日日典春衣
毎日江頭尽酔帰
酒債尋常行処有
人生七十古来稀
穿花蛺蝶深深見
点水蜻蜓款款飛
伝語風光共流転
暫時相賞莫相違
朝(ちょう)より回(かえ)りて日日(にちにち) 春(しゅん)衣(い)を典(てん)す
毎日 江(こう)頭(とう)に酔(よい)を尽して帰る
酒(しゅ)債(さい) 尋(じん)常(じょう) 行(こう)処(しょ)に有り
人生 七十 古(こ)来(らい)稀(まれ)なり
花を穿(うが)つ蛺(きょう)蝶(ちょう)は深(しん)深(しん)として見え
水に点ずる蜻(せい)蜓(てい)は款(かん)款(かん)として飛ぶ
伝(でん)語(ご)す 風(ふう)光(こう) 共に流(る)転(てん)して
暫時(ざんじ) 相賞(あいしょう)して相違(あいたが)うこと莫(なか)らんと
(NHK古典講読「漢詩」杜甫 宇野直人 2007年より)
これは七言律詩なので、3、4句(頷聯・がんれん)と5、6句(頸聯・けいれん)は必ず対句にするという規則になっている。5、6句を比較すれば次のようになる。
花を穿つ→水に点ずる 蛺蝶→蜻蜓 深深として→款款として 見る→飛ぶ と対句になっている。私が疑問に思ったのは「蛺蝶」と「蜻蜓」の部分である。
|