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北京週報>>特集>>斎藤文男氏のブログ  
◇音楽は国境のない言葉◇
 

◇子供時代に中国への関心がインプット◇

二胡の旋律は子供のころから好きだった。キュイーンという二胡独特の滑音(ホアーイン)は、子供心にも郷愁を誘う音色に感じた。小学校時代、そろばん塾から夜帰宅するとき、中華そば屋の屋台のおじさんが美味しいラーメンをご馳走してくれた。あの時、おじさんが吹いていたチャルメラという不思議な楽器の音色とともに、中国に対する関心が私の体内にインプットされたようだった。当時、兄と一緒に作った鉱石ラジオの短波から流れて来る北京放送の二胡の音色に、なぜかとても懐かしさを感じた。

社会人として新聞記者になってからも、中国の音楽で二胡の音色が聞こえてくると、すぐにでも中国に行きたい気分になったのは、子供のころの体験が大人になっても内在していたからだろう。南京滞在の生活リズムにようやく慣れてきたころ、二胡を習い始めた。中国の子供たちは5、6歳ごろから始める人が多い。こちらは60歳の半ばを過ぎてからだ。

中国江南地域の人たちの気質はとても穏やかでゆったりとしている。音楽の旋律も緩やかでしなやかな感じのものが多い。二胡を演奏する手首も実にしなやかに動く。そのため奏でる音は切れ目がなく連綿としたメロディーになる。こちらはせっかちな性格の上に、弦を左右に移動させて演奏する時の手首は固まったままなので、音も切れ切れでテンポが次第に速くなり、情緒がまったくなくなってしまう。中国人のゆったりとした生活テンポと、せっかちな日本人の性格の違いからくるのかもしれない。

それでも数年間やっていると、どうにか恰好がつくようになった。外国人教師の「クリスマスパーティー」や「日中音楽祭の夕べ」の他、教室に二胡を持ち込んで演奏しながら授業の一環にすることができるようになった。中国の民族楽器を演奏しながら授業をする日本人教師が珍しかったのか、学生も強い印象を受け授業の効果があったようだ。

ベテランの女性群の中、緊張しながら二胡演奏する筆者=右から3人目(東京中国歌舞団提供)

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