◇幽閉されたリリウオカラニ女王◇

世界各地から観光客が訪れる“常夏の楽園”となるまでの歴史は、平坦な道ではなかった。ハワイの先住民族は、西暦３００年～５００年ごろポリネシア系の人たちが島に移住した人たちらしい。八世紀ごろまでには古代王国が建設され、西洋との接触は１７７８年イギリスの探検家ジェームズ・クックが来島してからだ。１７９５年にカメハメハ大王がハワイ王国樹立を宣言し、ハワイ王朝時代が始まった。しかし、移住して政治的、経済的に力をつけた白人のクーデターにより１８９３年、リリウオカラニ女王がイオラニ宮殿に幽閉され、翌年、ハワイ共和国が成立して、ハワイ王朝は滅亡する。１８９８年にアメリカ合衆国に併合され、太平洋戦争を経て、１９５９年には合衆国５０番目の州となり、その後、世界の観光地となった。私は先住民族から白人の時代へと歴史の転換点になったイオラニ宮殿に興味があった。

リリウオカラニ女王が幽閉されたイオラニ宮殿はこぬか雨の中でしっとりとしていた

宮殿に行った時はこぬか雨だった。宮殿脇には巨大なバニヤンツリーがあった。枝からいくつもの蔓を地上に下ろし、それが根となり養分を吸収するという繁殖力旺盛な樹木だ。それはまるで、宮殿の栄華と悲哀の歴史を忘れまいとして、地中から埋もれた過去を今に呼び起こそうとしているように思えた。

宮殿は２階建て地下１階で、２０数人が時間をあけて入館する。ゆっくり参観してもらおうとの配慮と内部の展示品を大切にしようとするためだろう。床を保護するため、靴の上から被せるビニール袋が一人ずつに配られる。一階には謁見室、客間、ダイニングルーム、ハワイ王族の肖像画などがあった。重厚な作りは、往時、開かれた晩餐会や舞踏会を偲ばせる雰囲気だった。２階は宮殿を建設したカラカウア王と妹で後継者のリリウオカラニ女王の寝室や図書室などがある。８カ月間幽閉されたリリウオカラニ女王の寝室には、家具らしいものはほとんどなく閑散としていた。「イオラニ宮殿友の会」発行の説明書には次のように書いてあった。

≪「私には新聞や一般書物を読むことはまだ許されていませんでしたが、筆記用紙と鉛筆は手元にあったので、五線譜を自分で引いて楽曲を作ることができたのです。－中略―作曲したり、これまでに作りためた多くの曲を譜面に起こしたりすることで、とても心が慰められました。－後略―」と日記に綴られています。≫女王が作ったといわれるハワイの名曲“アロハオエ”もここで作られたのだろうかと思った。

地中に埋もれたハワイ王朝の栄華と悲哀を吸い上げようとするかのように宮殿脇にあるバニヤンツリー