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中国の不動産市場に日本式「バブル崩壊」は起こるか

 

ここ数年、不動産市場が失速するたびに、不動産市場の「バブル論」や「崩壊論」が叫ばれるようになっている。今年はその声が特に大きい。多くの論客が海外のバブルやその崩壊を例として、中国の不動産バブルの大きさを強調し、将来の崩壊によって引き起こされる惨状を語る。だが中国の経済社会の発展度と不動産市場の発展段階は、海外の状況とは大きく違い、簡単な比較はできない。「中国証券報」が伝えた。

▽地価高騰の3度目の波で起きた日本のバブル

第2次大戦後、日本経済は廃墟から急速な勢いで立ち直った。経済発展に伴い、日本の地価と不動産価格は急速な上昇を維持した。日本不動産研究所のデータによると、1960年から1990年までの30年で日本の6大都市の地価は57.1倍に跳ね上がった。地価の高騰は不動産価格の上昇を引っ張り、そして地価の増幅は不動産を上回った(中国でも2003年以降、同様の現象が見られる)。30年で地価の急上昇は3回起こっている。最初の2回の急上昇は、その後の下落を伴ってはいなかった。だが3回目はバブルとなった。

1985年から地価は急速上昇期に入り、これが3回目の地価高騰の波となった。年間上昇幅はそれまで2回の最高値を上回らなかったものの、上昇期間はより長かった。1986年から1989年まで、地価上昇率は年間20%以上を維持した。1991年と1985年を比べると、6大都市の地価指数は2倍以上に高まった。1990年の日本の土地資産総額は同年の日本のGDPの3.69倍で、国家の資産総額の約70%を占め、米国の土地資産総額の4倍に達した。一方、同時期の米国では、土地資産総額が国家の資産総額に占める割合は25%にすぎなかった。

日本で地価の高騰がピークに達したのは1961年と1973年、1990年の3回である。最初の2回は、経済面と需要面での支えがあったため、バブルが形成されることはなかったが、3回目は違った。経済成長から見ると、最初の2回は、成長率8%以上の高度成長期にあたっていた。1974年から、日本経済は高度成長に別れを告げ、中低度の成長の段階に入り、成長率は5%程度に落ち着いた。都市化プロセスから見ると、1974年に都市化率が74.9%に達した時、日本の住宅建設数が最初のピークに達した(この数は1987年に更新された)。最初の2回の地価高騰時には、都市化率がそれほど高くなく、1961年にはまだ70%にも達していなかった。住宅市場の飽和度から見ると、1968年に日本1戸当たりの住宅保有数が初めて「1」を超え、住宅不足の時代が終わった。最初の2回の地価高騰は住宅需要の旺盛な時期にあたっていたが、3回目は、自宅用需要という有効な支えを失い、大きなバブルが形成された。

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