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伊澤弥喜太は最も早く釣魚島に上陸し、海産物の採集などをした日本人であると考えられる。そしてその長女は、釣魚島は中国のものだと証明したのだ。だからこそ日本政府は伊澤弥喜太に言及しない一方で、古賀辰四郎をほしいままに顕彰したのかもしれない。 だが、古賀が承認された釣魚島開発は、実質的に日本の台湾植民地支配時代の植民開拓である。日本は1945年にポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏を宣言したことに伴い、海外植民開拓の全ての権利も失ったのである。(編集NA) 「人民網日本語版」2014年1月20日