茶が中国から日本に入り、茶道として栄えたことと鑑真和尚とは永遠の縁がある。谷村さんは日本で茶室建立費用1800万円を募り、建築家・西尾雅敏氏のほか、和の匠を有する大工4人に設計・施工を依頼した。
茶会当日、日本各地から訪れた女性達が目を引いた。職業はさまざまだが、いずれも日本茶道界の「師範」級だ。ボランティアとして、旅費まで手弁当で駆けつけた彼女達は、喜んで茶を点てた。
谷村さんは北京大(北京市海淀区)、蘇州大(江蘇省蘇州市)の招聘(しょうへい)を断り、大明寺で今後、日本の茶文化を中国全土に広めたいとしている。(編集HT)
「人民網日本語版」2012年4月13日
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