昨年3月11日、東日本大震災発生後、佐藤水産(宮城県牡鹿郡女川町)の佐藤充専務は津波到来前に中国人研修生全員を高台の神社に避難させ、会社に戻り不幸にも津波にのみ込まれた。佐藤専務に当時救われた研修生のうち29人が女川町に戻ってきた。中国国営の通信社「中国新聞社」が伝えた。
1年が過ぎ、美しかった小さな漁港に以前の面影はない。佐藤水産の工場は10キロ離れた石巻市に仮設移転した。女川町の魚市場は昨年夏に再開したが、取引は震災前の6分の1に激減した。
取材に応じた佐藤水産の遠藤貢さんは、女川町役場は津波被害に遭った水産会社を元の場所に再建する決定をしたと明らかしにた。再建までの5年間、地元水産会社は自ら活路を見いだすしかない。幾多の困難に直面するだろう。新工場建設の土地、冷凍庫購入資金はなく、人手不足も追い打ちをかける。
こうした中で佐藤水産を最も勇気付けたのは、この困難極まるときに29人の若き中国人女性達が戻ってきたことだろう。研修生らの行動は、佐藤水産の日本人社員の胸を打った。遠藤さんは「研修生の皆さんが弊社の最もつらいときに戻って来てくださったことは、本当に有り難い」と感謝する。
|