(財)国際貿易投資研究所(ITI)チーフエコノミスト 江原規由
李克強国務院総理は、今年2月の世界経済フォーラム(ダボス会議)の特別祝辞で、賢人の言葉を引用し「新たな問題の解決には、各方面の利益の『最大公約数』を求めなくてはならない」としました(本誌3月号の本欄を参照)。目下、中国は「新常態」(本誌2月号、同前)に向き合っており、その「最大公約数」が何か、内外が注目しています。
民生に配慮して予測値設定
今年3月の全国人民代表大会(全人代)で、李総理が行った「政府活動報告」(以下「報告」)に、その「最大公約数」のヒントが提示されていたとみられます。
「報告」では、「新たな一年」を①改革の全面深化のカギとなる年②依法治国(法による国家統治)の開始年③安定成長・構造調整の緊要な年と位置付けています。さらに、第12次5カ年規画(十二五、2011~15年)の最終年でもあるなど、今年は中国にとって正に節目の年です。
「報告」における今年の経済社会発展の主要予測値を見ると、国内総生産(GDP)成長率を7%前後としており、この設定値は昨年に比べ、0・5㌽低くなっています。「報告」で最も注目されたのはこの点でした。中国経済が失速しつつあるのではないか、と話題となりました。
そのほか、数字化された主な予測値を見ると、
○消費者物価指数の増加幅を3%前後(前年の「報告」に比べて0・5㌽減)
○都市の新規雇用者1000万人以上(同水準)、都市登記失業率4・5%以内(同0・1%減)
○輸出入の成長率6%前後(同1・5㌽減)
○単位GDP当たりの生産に必要なエネルギー消費量を3・1%以上引下げ
○財政赤字1兆6200億元(昨年比2700億元増、1元は約19~20円)
○赤字率2・3%(昨年比0.2㌽増)
○広義マネーサプライ(M2)の増加率12%前後
総じて、民生改善(環境改善を含む)を配慮した設定値と言えるでしょう。
小康社会へ民生改善を強調
さて、「7%前後」という成長予測値をどう見るか。李総理は「報告」の中で、「経済の減速圧力は増している。困難は昨年よりも大きいが、発展への大きなチャンスでもある」、さらに、「立国之道 惟在富民」(民を豊かにすることが、国の発展の道である)とし、創業・就業の促進(大学生の起業指導計画の実施、新興産業分野での起業支援など)、社会保障の強化(企業退職者の基本年金の給付水準の10%引き上げなど)、教育公平の促進(中西部の高等教育の発展支援)、基本医療制度の健全化(都市・農村住民の大病保険制度の全面的実施など)、文化の発展成果の共有(公共文化施設の無料開放の範囲拡大など)に取り組む姿勢を明言しました。
中国は2020年に小康社会を実現することを最大の国家目標として希求しています。小康社会とは、鄧小平氏が先富論で説いた共同富裕への一里塚であり、「立国之道 惟在富民」に通じています。成長率だけを見れば、年率平均7%前後で小康社会の実現は可能ですが、小康社会実現に向け、民生改善が際立って強調されているところが、今年の「報告」の最大の特徴の一つでしょう。
「富国」へ次期5年規画策定
「富民」には「富国」が前提となります。「報告」では、「富国」のための提案が少なくありません。李総理は、新型工業化、情報化、都市化、農業現代化の「四化」を継続推進すると強調しましたが、その行方は、「富国」のための新たな成長基盤づくりといえます。「報告」で、李克強総理は、来年から始まる13次5カ年規画(十三五、2016~20年)の発展の青写真をしっかり描かなくてはならないと強調しましたが、新たな1年は、十二五から十三五へバトンタッチする重要な新たな1年でもあるわけです。
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