中国の友人のために
そして自分にとって最後の京英会が終わり、余韻にひたるのもつかの間、とある北京の雑誌社でのインターンシップが始まった。かねてから日本と中国の架け橋となる記者を夢見ていた私にとっては願ってもいないチャンスだった。しかし、スーツを着て地下鉄に乗り込んだとき、3年間の「日中交流学生生活」が本当に終ってしまったという現実を突きつけられたような思いがした。
福井県鯖江市で行った交流。文化体験の先生方と共に記念写真。(2013年8月)
会社に着くと用意されていたデスクに座り早速、京英会の記事を書き始めた。スタッフと共に乗り越えてきた苦難、大きな仕事をやり遂げた達成感、友人との思い出、移り変わってきた自分の中国に対する思い。京英会の設立から3回目の活動の終わりまでを文字に起こす過程で、そのひとつひとつが鮮明によみがえってゆく。自分を3年間、支え続けてきたものはなんだったのか。それはやはり中国の友人たちだった。遠慮もごまかしもなしにストレートに自分の感情をぶつけてくれて、どんな時でも友人を大切にし、気にかける彼らから私は、肩の力を抜いて自分らしく生きる術を学び、これから何が起ころうとも彼らが自分を応援し続けてくれるという自信と安堵感をもらった。
「彼らのために仕事がしたい。」日本と中国の架け橋となる記者の夢が決意に変わった。中国の友人がいつも楽しみにしてくれるような記事を書きたい。そのために中国を日本を駆け回り、人に会い、取材をし、写真を撮り、自分が感じたこと考えたことを文字にしたい。中国であまり知られていない日本の魅力、日本人がみた中国・中国人、日中比較を通してみえる両国が互いに学ぶべきこと。自分に伝えられるものを、読者に響く言葉で伝えてゆく。3年で終わりを迎えたはずの「日中交流学生生活」だが、どうやら私の生活そのものが日中交流生活となりそうだ。
「北京週報日本語版」2013年9月16日
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