10年前、私は共通語が話せない大涼山の田舎の娘でした。当時の最大の夢は将来いい人のお嫁さんになって山を出ることでした。2003年に町に出てきて夫とめぐり合い、上里古鎮に来ました。山間部からは出てきましたが、貧しい生活はそれほど変わりませんでした。2005年からこのあたりで観光開発が始まり、共通語を勉強して古鎮の説明員になりました。国内外の重要な賓客のために説明をしたこともあります。今では、夫と一緒に旅館とレストランを開き、生活も日ごとによくなってきました。当時の夢はかなったと言っていいと思います。「観光富民」プロジェクトのおかげで生活に新しい希望が持てるようになりました。
「北京週報日本語版」2012年11月8日
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