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10年前の2002年、私は大学に通っていました。当時の夢は卒業後に北京に残り、フランス語と関係のあるいい仕事を見つけることでした。今考えてみると、この夢は実現しました。でも働き始めてから、フランス語は道具にすぎず、毎日大量に取材をし原稿を書くにはもっと多くの報道面の専門知識を駆使することが必要だと気づきました。だから将来はジャーナリストになるべくより多くの実践の機会があることを願っています。
「北京週報日本語版」2012年11月8日