1972年2月、ニクソン大統領が訪中。28日、上海で共同コミュニケ(第1次共同コミュニケ)を発表。
1975年12月、フォード大統領が訪中。
1978年12月15日、国交樹立に関する共同コミュニケ(第2次共同コミュニケ)を発表し、1979年1月1日より国交・外交関係の確立を相互に承認したと宣言。
1979年1月、鄧小平副総理が米国を公式訪問。訪問中、「科学技術協力協定」と「文化協定」に調印。
1979年4月10日、カーター大統領が中国の内政に干渉する「台湾関係法」に署名。
1979年7月、北京で、最恵国待遇を享受すると規定した期間3年の「中米貿易協定」に署名。
1982年8月17日、米国の台湾への武器売却問題に関する共同コミュニケ(第3次共同コミュニケ)を発表し、米国側は武器売却を徐々に削減するとともに最終的に中止すると確約。
1984年4月26-5月1日、レーガン大統領が中国を公式訪問。訪問中、二重課税防止、脱税防止など4項目の協定と議定書に署名するとともに、「核エネルギー平和利用協力協定」に仮調印。
1985年7月、李先念国家主席が米国を公式訪問。国家主席の訪米は初めて。訪問中、「核エネルギー平和利用協力協定」に署名。
1989年2月、ジョージ・ブッシュ大統領が中国を訪問。
1993年11月、江沢民国家主席がシアトルでのアジア太平洋経済協力機構(APEC)非公式会議に出席。訪問中、クリントン大統領と初めて公式に会談。
1997年10月26-11月3日、江沢民国家主席が米国を公式訪問。10月29日、協力を強化し、21世紀に向けた建設的な戦略パートナーシップの確立に尽力するとの「共同声明」を発表。
1998年1月、コーエン国防長官が訪中。訪問中、「海上軍事安全協議メカニズムの強化に関する中国国防部と米国防総省の協定」に署名。
1998年3月19日、米国は長年棚上げしてきた「核エネルギー平和利用協力協定」が同日から正式発効すると宣言。
1998年4月、オルブライト国務長官が訪中。「中米ホットラインの開設に関する協定」に署名。
1998年5月6日、「核エネルギー平和利用協力協定第8条に関する実施方法(合意覚書)」に署名。
1998年6月25-7月3日、クリントン大統領が中国を公式訪問。
1999年4月、朱鎔基総理が米国を公式訪問。訪問中、クリントン大統領とともに中国のWTO加盟に関する共同声明を発表し、米国は中国の加盟を支持することを確約。
2002年2月、ジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領が中国を訪問。
2002年10月、江沢民国家主席が米国を訪問。
2003年12月、温家宝総理が米国を公式訪問。訪問中、温総理は中米の経済貿易関係の持続的かつ健全な発展を確保するための5項目の原則を提起し、ブッシュ大統領は賛同。さらに商業貿易委員会の格上げについて協議。
2005年8月1日、戴秉国外務副大臣がゼーリック国務次官と北京で初の中米戦略対話に出席。
2005年9月13日、胡錦濤国家主席がニューヨークで国連創設60周年首脳会談出席前に、ブッシュ大統領と会談。
2005年10月、ラムズフェルド国防長官が中国を訪問。
2005年11月8日、繊維品問題で合意し、ロンドンで「繊維品と衣料品貿易に関する合意覚書」に署名。
2007年5月22日、第2回中米戦略経済対話が米国の首都ワシントンで開幕。
2007年12月12日、第3回中米戦略経済対話が北京で開幕。
2008年11月21日、中国の胡錦濤国家主席はリマで米国のブッシュ元大統領と会見。双方は中米関係と国際金融危機への対応などの問題について意見を交換。
2008年12月4日、第5回中米戦略経済対話の期間中、中米エネルギー・環境分野における10年間の協力の枠組みにおけるグリーン・パートナーシップ計画の調印式が北京釣魚台国賓館で行われた。
2009年1月7日、中米国交樹立30周年を記念して卓球親善試合が中国国家体育総局で行われた。
2009年11月15日から18日まで、オバマ米大統領が胡錦濤国家主席の招待を受け、中国を公式訪問。両国首脳は北京で、中米関係や関心を共有する重大な国際・地域問題について踏み込んで意見交換。
『北京週報日本語版』2011年1月18日
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