林 国本
世は情報化の時代、デジタル化の時代、これはすばらしい時代だと思うが、しかし、科学や技術の進歩で人類は新たな悩みを抱えることになったのではないだろうか。
このところ、テレビの進歩で世界中で起こる大きな出来事も瞬時にお茶の間、いや、中国人の住居にはお茶の間という構造空間がないので、応接間、客間と言った方がよいかもしれないが――に映像が流れてくる。
テレビもデジタル化へと進んでおり、百チャンネル以上も見られるようになり、まともに見ていたら仕事ができなくなるくらいである。そういうことで、「商売柄」、ニュースと経済評論にしぼることにしている。香港のフェニックス・テレビなども面白い番組がたくさんあるのだが、それを見てばかりいると、肝心なセカンド・ライフの楽しい仕事ができなくなり、それこそ繰り上げて老人ホームの生活パターンに浸りきることになってしまう。そのため、ちゃんと自己コントロールしている昨今である。
この辺で閑話休題として、本論らしきものに入るが、さいきん、テレビのホットなニュースはアメリカ発の金融危機だ。さいきんは「戦略対話」などで中米関係にも明るい話が増え、中国の総合国力の向上で明るい話がこれからもひとつ、ひとつと増えていくことだろう。筆者は現役の頃には、上司や先輩から大事にされ、他のものが入れない分野にまで入れてもらって、自分の力をほとんど出しきって仕事をしてきたので、上司や先輩の顔に泥を塗ることは絶対に避けることにしており、一介の国際ジャーナリストのはしくれではあるが、アメリカ、日本とか言った国のことについては、中国外交部報道官の発言を根本に据えて、断じて私見をはさまないことにしている。したがって、アメリカの金融危機についてもそのルールにのっとって仕事をしていることは申すまでもない。
しかし、さいきん、アメリカの金融危機がヨーロッパへも飛び火し、かつては先進的な金融システムの構築に成功したアイスランドさえも「津波」の被害をもうむり、中国のマイナーな新聞にも、経済ジャーナリストたちがいろいろな論評を発表している。さすがに、メジャーの新聞はかなり抑制のきいた記事を掲載している。やはり、中米関係重視ということが念頭にあるからかもしれない。中国の「マスコミは政府にコントロール」されている、という西側世界でつくり上げられた見方があるので、上司や先輩に迷惑となってはという気持ちから筆者も抑制しているが、ガス抜きのためひとことだけ言わせてもらうならば、ごく少数の大金持のマネーゲームの失敗で、庶民の血税で大金持を助けるのは変だ、と思う気持ちがないではない。とはいうもののアメリカ合衆国がごく少数の大金持たちのマネーゲームの失敗で衰退してまっては、納税者にとっても困ることだから、奉加帳方式も、公的資産投入もやむをえないと思っている。
では、マネーゲームはやめてはどうか、という話になるが、これはやめられない、と思う。素粒子物理学とか、ナノテクノロジーといったものと同じように、金融工学は人類が資産運用のために開発した新しい世界だ。金融動乱を起こす原因のひとつになったのだから、デリバティブなんかやめてしまえ、という短絡的な発想では人類の成長、発展はありえない。要はリスクを回避するか、巧みにリスクをテークするノウハウをも開発することだ。
職を一時期失ったアメリカの金融工学の秀才たちにはたいへんご苦労なことだが、ハリケーン・カトリーナもずって吹きつづけたわけではない。この困難な時期をしのげば、またゴールデン・エイジが訪れないわけではない。
今回の「津波」は中国にとっても他人事ではないが、対米貿易の一時的減速は、中国にとってピンチであるとともに、貿易構造をグレードアップするチャンスであるかもしれない。さいきん、天津でこれまで西側世界から提供を拒ばまれてきたスーパー・コンピューターの量産が可能となったし、北京市では地下鉄を一度に数本建設する時代となった。数値制御工作機能も輸出されるようになった。シールド工法に使う設備も国産化できるようになった。さいきん、中国でよくマスコミで取り上げられている科学的発展観というものには、こういうことも含まれているのだろう。
そういうことで、「デリバティブ妖怪論」とか、金融工学は波乱のもと」とかいう論調は極論であり、人類の知的成果の芽を摘み取ってしまう危険を含む近視的な考え方である。私見ではあるが、金融工学は学問、スキルとしてこれからもさらに開発をつづけるべきである。たが、それを実務あるいはマネーゲームに運用する場合には、バックオフィスでのチェックを強化することが大いに必要である。
かなり前にNHK出版の『マネー革命』という全三巻の本を読んだことがある。「すごいなあ!」という一言に尽きる感想だった。今回は「ヒヤ、ヒヤ、ドキ、ドキ」の展開となったが、悲観することはない。また、新たな展開が見られるようになる。人類社会はそのように歩んできたのだ。
ちなみに、金融工学とか、デリバティブというものは、グローバル化した経済にとっては不可欠のツールであり、現実の国際金融取引で大きな役割を果たしている。これとリーマン・ブラザーズの破綻、金融動乱とは別問題である。金融工学はこれからも開発・発展が続けられるべきである。大きく言えば、人類はさまざまな障害や「悩み」を乗り越えて今日まで成長をとげてきたのである。何人かの犠牲者が出たからといって、アメリカは宇宙開発を止めてはいないように、サブプライムローン問題で、一時期たいへんなことになっても、金融工学はこれからも発展すべきである。要は取引をさらに規範化していくことである。
「北京週報日本語版」2008年10月24日 |