本誌専家 清水 由実
寧夏回族自治区は今年10月25日に自治区成立50周年を迎える。この節目の年、ちょうど北京五輪大会の聖火リレーを目前に控えた6月18日から27日まで現地を見て回った。50周年の祝賀式典は9月23日の銀川解放記念日に行われるが、その準備は着々と進められており、各地で50周年を祝う垂れ幕などがすでに用意され、あちこちで道路の補修工事や建物の改装工事が進んでいた。
寧夏回族自治区は中国西北部の黄河上流域に位置し、東は陝西省、北は内蒙古自治区、南は甘粛省と隣接する。610万2500人(2007年末現在)という人口は、ほぼ千葉県の人口に相当する。このうち35.76%の218万2300人が回族だ。総面積は6万6400km2と、中国大陸部の直轄市・省・自治区の中では下から5番目だが、それでも人口がほぼ同じ千葉県の面積の約13倍にあたる。1993年に友好都市関係を結んだ島根県と比べれば面積で約10倍、人口では約8倍だ。
寧夏回族自治区への入口、銀川駅
寧夏の歴史
寧夏は北部の平原を約400キロにわたって黄河が貫いており、中華文明発祥の地の1つだ。3万年前の旧石器時代にはすでに人類が生活しており、紀元前3世紀、秦の始皇帝による全国統一後に開墾され、黄河から水を引いて灌漑する水利事業が始まった。
1038年にタングート族の李元昊(りげんこう)が寧夏を中心として大夏国(後に「西夏」と呼ばれる)を建国、現在の銀川に都を置いた(「観光」欄参照)。その後、元が西夏を滅ぼしたあと、「寧夏路」が設置され、これ以降「寧夏」の名称が使われるようになる。そして、明代には寧夏衛、清代には寧夏府が設けられた。
中華民国期になってから1929年に寧夏省となり、中華人民共和国成立後の1954年にいったん甘粛省に編入後、その一部が1958年10月25日に「寧夏回族自治区」として誕生した。
「回族」は中国の少数民族の1つ。唐代の開放政策や元代の蒙古軍の征西によって中国へやって来たアラブ系、ペルシャ系、中央アジア系の人々がルーツだが、他の少数民族とは異なり、人種や遺伝子的な意味での共同体ではなく、共通しているのはイスラム教を信仰している点だ。長い歴史のなかで漢族やほかの少数民族との混血が進む一方、漢族に同化する傾向が強く、イスラム教を信仰し、その戒律を守っている以外は言語も文字も漢族と同じだ。現在は中国全体で約981万6800人の回族がおり、その22%余りが寧夏に居住している。
その回族の「自治区」としてスタートしてから半世紀。寧夏回族自治区の50年は、一言で言えば「自然および貧困との闘い」であったと言えるのではないか。
寧夏回族自治区にはイスラム文化の香りが漂う。写真は銀川市内から南18キロにある「中華回郷文化園」。回族、回教やその文化・歴史などがわかりやすく紹介されている博物館
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