フォーラムにおける在中国日本国大使館和田充広公使の講演
本年は、日中平和友好条約締結30周年であり、また、中国の改革開放30周年の記念すべき年です。このような記念すべき年に、人民日報海外版、世界知識、北京週報共催の「日中平和友好条約締結30周年及び改革開放後の日中関係フォーラム」が開催され、日中関係の更なる発展・強化につき、政府、言論界、学術界等、各界の方々による討論が行われることは、大変喜ばしいことです。また、このようなフォーラムに参加できることを光栄に思います。
本日は、頂きました演題「日中共同声明から将来の両国の戦略的パートナー関係を考える」に沿って、主に、本年5月の胡錦濤国家主席の訪日の際に発出された「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」、及び同共同声明とともに発出された「日中両政府の交流と協力の強化に関する共同プレス発表」を土台に、今後の日中関係につきお話させていただきたいと存じます。
1.日中共同声明の意義
最初に、今般の日中共同声明の意義について述べたいと思います。
ご承知のとおり、本年5月の胡主席の訪日は、日中平和友好条約締結30周年という重要な節目に行われた、中国国家主席による10年振りの訪日でした。そして、この訪日は、これまでの「氷を砕く旅」、「氷を溶かす旅」、「迎春の旅」に続いて「暖春の旅」と名付けられ、日中の「戦略的互恵関係」の具体化を通じて、両国が協力してアジアと世界のより良い未来を共に創り上げていくという日中関係の歩むべき方向性を示したという言う点で、大変意義深い訪日であり、その結晶が、正に「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」でありました。
この日中共同声明の第1の意義は、国際社会があらゆる面で相互依存関係を強め、地球環境問題、エネルギー問題、感染症等といった多くの課題を抱える中で、台頭著しい中国と日本が、共に世界と地域における主要国として、アジア太平洋地域及び世界の平和、安定、発展に貢献し、その中で日中両国の共通利益を見出し、WIN-WINの関係を築いていくことを打ち出したことにあります。この「戦略的互恵関係」の包括的推進を「新しい時代の新しい日中関係」の進むべき方向性として政治文書に盛り込み、中国の国家主席と日本の内閣総理大臣の署名を以て内外に明確に打ち出した点に今回の共同声明の最大の意義があり、72年の日中共同声明、78年の日中平和友好条約、98年の日中共同宣言に続く、「第4の政治文書」と位置づけられる所以であります。
そして今回の日中共同声明の第2の意義は、「双方は、長期にわたる平和及び友好のための協力が日中両国にとって唯一の選択であるとの認識で一致」(パラ1)し、「互いに協力のパートナー」として「互いに脅威とならない」(パラ4)ことを確信し、互いの平和的な発展を支持し、「将来にわたり、絶えず相互理解を深め、相互信頼を築き、互恵協力を拡大しつつ」(パラ3)、日中関係を前進させていくことを明確に打ち出したことにあります。歴史の経験が示すとおり、日本と中国が衝突し対峙すれば、アジアに平和と繁栄は訪れません。逆に言えば、安定し、平和で繁栄するアジアは、日本と中国が協調し、建設的に協力し合う場合にのみ実現されると言えます。日中両国の間には、ご承知のとおり、依然として様々な問題、課題が残されていますが、互いを協力のパートナーとして位置づけ、協議と交渉を通じて、粘り強く問題を解決しつつ、長期的に協力を拡大していく以外に選択肢がないことを明確に示したことは、極めて重要なことであります。
2.戦略的互恵関係の具体化
次に、日中共同声明及び共同プレス発表の中核である戦略的互恵関係の具体化について述べます。
今回の日中共同声明は、以上のように、新しい時代の新しい日中関係の進むべき方向性を打ち出すとともに、戦略的互恵関係の具体化として、パラ6.以下で、5つの柱に沿ってその方向性を示すとともに、別途、共同プレス発表を発出し、計70項目にわたる各分野の具体的取組みを発表しました。
このように、日中共同声明によって日中関係の原則、方向性について合意したのみならず、共同プレス発表によって具体的な協力内容について併せ合意しましたが、これは、協力の具体的実施を通じて戦略的互恵関係の進展を目に見える形で確認し、各分野の取組みを更に強化することができるという意義があります。
また、5本柱については、元々、昨年12月の福田総理訪中の際に、福田総理自らが北京大学における講演において打ち出した「戦略的互恵関係」の3つの柱、即ち、①互恵協力、②国際貢献、③相互理解・相互信頼が土台となっています。この3本柱の根底には、日中両国が、国際社会に責任を持つ大国として、世界の大局を見据え、世界の期待に応えながら、「互恵協力」及び「国際貢献」に努めるならば、お互いの立場の違いを乗り越え、「相互理解・相互信頼」を築くことが可能であり、そうすることで、アジアと世界の良き未来を共に創造していけるとの福田総理の強い確信があります。共同声明案に係る日中間の協議の結果、最終的には、③「相互理解・相互信頼」を政治面での相互信頼と国民レベルの相互理解とに分け、②「国際貢献」をアジア太平洋への貢献とグローバルな課題への貢献とに分け、最終的に5本柱となりました。
なお、先に述べたとおり、今回の共同プレス発表には計70項目の具体的な協力項目が盛り込まれましたが、98年の日中共同宣言発出時に同時に発表された「日中両国の21世紀に向けた協力強化に関する共同プレス発表」における33の協力項目と比べると、協力の項目数、分野、内容ともに拡充されています。これは、日中関係がそれだけ深化し、より緊密化していることを示すものであると言えましょう。
5月の胡主席訪日から既に3ヶ月弱の時間が経過しましたが、共同プレス発表のいくつかの協力項目が実際に実施に移される等、この合意に従って、戦略的互恵関係の包括的推進が着実に推進されています。以下、戦略的互恵関係の具体化について、日中共同声明の5本柱に沿って述べたいと思います。
第1は、政治的相互信頼の増進です。これは、政治及び安全保障分野における相互信頼の増進が戦略的互恵関係の構築に重要な意義を有するとの観点から、首脳の定期的相互訪問やマルチの国際会議での首脳会談の開催、政府、議会及び政党間の交流、様々なレベルでの意思疎通を強化しようというものです。この一環として、7月の胡主席のG8アウトリーチ会合の出席と日中首脳会談、ASEAN関連外相会議の際の日中外相会談、6月の日本の海上自衛隊艦艇の訪中等が既に実施されています。また、日中共同声明には、パラ6.(1)のティレ3で、「国際社会が共に認める基本的かつ普遍的価値の一層の理解と追求のために緊密に協力」する旨明記され、共同プレス発表のパラ69に日中人権対話の実施が盛り込まれ、先般、8年振りに同対話が実施されました。このように、政治のみならず、安保や人権をテーマとして対話を積み重ねていくことは、お互いの立場を理解し、相互信頼を築いていく上で有益なものであり、今後とも、継続的かつ積極的に行っていくことが切に望まれます。
第2は、人的、文化的交流の促進及び国民の友好感情の増進です。これは、両国民、特に、青少年の間の相互理解及び友好感情を絶えず増進することが、日中両国の世々代々にわたる友好と協力の基礎の強化に資するとの認識の下、文化交流、知的交流、青少年交流を大々的に実施し、もって等身大で相手国に対する理解を深めようというものです。ご承知のとおり、本年は、「日中青少年友好交流年」ですが、共同プレス発表のパラ17のとおり、本年を含め、今後4年間で毎年4000名規模の青少年交流を実施することとなっており、これまで多くの人員の交流を実施に移しております。また、共同プレス発表のパラ19に盛り込まれた中堅幹部交流については、その第一弾として、7月27日から8月2日までの日程で、中国四川省地震復興日本視察団の訪日が行われています。さらに、8月8日からスタートする北京オリンピックには、日本から数万人の観光客が北京を訪れることが予想され、これを機に、両国の相互理解と友情がより一層増進されることが期待されます。
第3は、互恵協力の強化です。これは、世界経済に重要な影響力を有する日中両国が、世界経済の持続的成長に貢献していくために、エネルギー、環境、貿易、投資、情報通信技術、金融、食品・製品の安全、知的財産権保護等の幅広い分野で互恵協力を進めていくというものです。今回の胡主席の訪日では、省エネ、環境協力、貿易、投資等の分野に関し、計9個の協力文書が策定され、また、共同プレス発表でも計26項目の取組みが盛り込まれました。さらに、日中間の経済面での包括的な協力を推進する、「日中ハイレベル経済対話」については、本年秋を目途に東京で開催すべく準備が進められています。また、この柱の下にパラ6.(3)のティレ4として盛り込まれた「東シナ海」については、6月18日、日中間の協力に関する合意が発表される等、大きな進展が見られました。今後、「共に努力して、東シナ海を平和・協力・友好の海とする」ために、共同開発及び白樺油ガス田開発の具体化に向けた国際約束を早期に締結し、その他の海域における共同開発に向けた協議を継続することが強く望まれます。
最後は、「アジア太平洋への貢献」及び「グローバルな課題への貢献」です。これは、アジア太平洋地域及び世界の平和と発展により大きな責任を担っているとの認識の下、日中間の協力をより強化していくことが謳われています。具体的には、北朝鮮の核問題について、六者会合のプロセスを共に推進することが明記されましたが、これについては、ご承知のとおり、7月半ばの六者会合首席代表者会合等によって大きな進展を見せています。また、日朝間の懸案である拉致問題については、共同プレス発表において、中国側は「必要な協力を行う」旨明記されています。また、グローバルな貢献では、気候変動について、別途、共同文書を作成し、同文書の中で中国側からかなり前向きな姿勢を引き出しましたが、これは、先般のG8サミットにおける各国間の合意につなげる上で大きな役割を果たしたと評価できます。さらに、安保理改革を含む、国連での協力については、日中共同声明において、中国側が、日本の平和国家としての歩みを積極的に評価する文脈(パラ4)で、「日本の国連における地位と役割を重視」する旨明記するとともに、共同プレス発表において、安保理改革を含む国連の問題について協議を継続していく(パラ63)等、国連における協力についても強化していくことになっています。
3.おわりに
以上のとおり、日中関係は、今回の日中共同声明及び日中共同プレス発表によって、新しい時代における新しい日中関係を切り開き、戦略的互恵関係の包括的推進に大きな一歩を踏み出したと言えます。しかし、それは、まだ、始まりに過ぎません。今後、正しい評価を得ていくためには、日中共同声明等に盛り込まれた精神、協力項目を具体的に実施していかなければなりません。この3ヶ月だけを振り返っても、その意義、重要性を感じない日は一日たりとてありません。
他方、ご承知のとおり、小さな問題であってとしても、ひとたび問題が発生すれば、両国の国民感情がいとも簡単に悪化してしまう、そうした脆弱性を抱えているのが日中関係の現状でもあります。そうした中で、日中関係の実務に携わる者として、今回の胡主席の訪日を通じて達成された得難い成果を大事に且つ大きく育てていきたいと心から願っています。その意味で、日中平和友好条約締結30周年という記念すべき年に、こうした歴史的な文書が作成され、日中関係の新たな一頁が切り開かれた意義を噛みしめながら、今後とも、新しい時代の新しい日中関係の発展のために尽力していきたいと思います。
「北京週報日本語版」 2008年8月 |