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元駐日特派員林国本さんの眼  
「住宅ローン」の奴隷とは?

                                                     林 国本

 先般、知人が電話で、「今度、自分たちの出版社で、『中国新語集』の日本語版を出すことになったので、校閲をお願いできないだろうか」と言ってきた。筆者は新語集というものは、往々にして世相を反映したものが多いので、どんな言葉が集められているのか好奇心をもって引き受けることにした。たしかに参考になったし面白かった。

あまたある新語の中に「房奴(住宅ローンの奴隷、ということ)、「車奴」(自動車ローンの奴隷)という言葉があった。は、はあ、筆者たちが前半生どっぷりつかってきた「計画経済体制」のもとでは、こういう新奇な言葉は絶対につくられることはなかっただろう。筆者は、鈍感なのか、無頓着だったのか、「計画経済体制」が永遠に続くものと思い込み、生活水準は低かったし、贅沢はできなかったが、「親方五星紅旗」と、大勢の人たちと同じように呑気に過してきた。また、ああいう雰囲気の中では、がめつくなることは発狂することにひとしく、最悪の場合、村八分にされてしまうだけだったので、完全にそれに適応したライフスタイルをつくり上げていた。

しかし、1978年の改革、開放のスタートによって、パラダイム、シフトが起こり、すべてが変わり始めた。住居も国が分配してくれるのではなく、ローンを組んで買うことになった。筆者たちのような古い世代の人間は、勤続年数とか、職級などを勘案して、当時としてはかなりいい住宅を、ほとんどタダ同然の値段で払い下げてもらった。そういうことで古い世代の人間は、自らリスク・ティキングすることなく、「タナボタ」式に住居がころがり込んでくる手品のようなことを体験した。もちろん、若者たちの中には、「先輩たちの前半生の仕事の“貢献”の中には、住宅の分も含まれていたんだから、その住宅をもらい受けるのは当然のことですよ」と言ってくれる人もいる。考えてみればそうかもしれない。

しかし、苦労らしい苦労をしたことのない筆者のような人間とっては、最初からいくつものローンをかかえて送る人生でなくてよかったと思っている。定年以前に重病にでもかかればそれこそすべてがオジャンになるのではと考えるのは取り越し苦労かもしれないが、市場経済の時代になってからは競争が激化したが、生活が良くなったことは否めない。一応ちゃんとした職についていれば、海外旅行も平気でできるご時世となっている。一家でクルマ2台を持っている人たちもかなりいるし、別荘を買った人も子供の同級生の中に何人かいる。

とはいうものの、ごく普通の仕事をしている人たちにとっては、住宅ローンとクルマのローンという二重の債務を抱え込むことは、かなりたいへんらしい。さらに加えて、就職難という現実を目にして親たちは子供の教育にも多大なエネルギーを投入している。筆者は日本語資格試験のような社会的な仕事にも関係しているが、日本語を使う職場の求人一名に百数人が試験を受けにくることはザラである。筆者はその人たちの試験答案をよく見ているが、一筆結論を書き込むたびに、これはこの人たちの将来の人生にかかっていることだ、という重味を感じている。中国は今の道を歩むしかない。したがって、住宅ローンも、クルマのローンも、はては子供の教育ローンも、これはもう避けて通れぬバリアなのである。

新語集の校閲をする中で、こうしたもろもろのことが頭に浮かんできた。お隣の日本でも、後期高齢者医療問題とかがマスコミで議論されている。この地球にはユートピアはないのだろう。現実的なライフスタイルを構築して自ら納得できる道を歩むことである。

「 北京週報日本語版」2008年7月25日

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