加藤嘉一さん:日本人留学生としての日中観
北京大学国際関係学院の加藤嘉一さんは中国に来てまだ4年半だが、北京で最も活躍している日本人留学生である。普段は考えにふけるのが非常に好きで、交際にも長けた彼は、これまでに大小さまざまな中日交流活動を50回以上も開いてきた。
9月29日には、彼が主催する「北京フォーラム」(東京大学と北京大学の学生が日中関係について討論する)が東京でも開かれた。「僕はみんなとその日の重要な意義を宣言し、そしてみんなと一緒に日中の未来について深く話し合いました。あの日が回想するのにふさわしい素晴らしい時になればと願っています」
中日関係が微妙な時期に訪中
加藤さんは2003年3月、高校卒業後に中国を訪れた。日本にいたときから日中関係に非常に興味を持っていたが、あまり理解はしていなかった。「僕は一般に、日本のメディアを通じて中国を認識していました」。だが、小さいころから考えることが好きだった彼は、日本のメディアに依存して中国を間接的に「遠くから見る」ことはしなくなった。「中国に行きたい! 本当の中国とは一体どんなものか見てみよう」。彼は中国政府の奨学金を申請した。
強い好奇心を除けば、「高3のときに国際オリンピック委員会が、北京が2008年五輪の開催都市になったと宣言しました」というのが、中国留学を促した原因の1つでもある。広大で神秘的、というのが彼の中国に対する最初の印象だ。
彼が北京に来たのはちょうど、中日関係が小泉首相の靖国参拝で不安的な時期だった。「なぜ、こんな時期に中国に来たのか」と言う人もいたが、「これは実は、非常に良いチャンスでした。何が起きているのか、まさに日中関係を考えるうえで現実的な環境を提供してくれるからです」と楽観的だったという。
中国に来てから、彼は日本をあまり好きではない人にも出会ったが、避けることはしなかった。「中国は多元化された社会だし、日本を好きでない人にぶつかればそれだけ、彼らと交流して、僕が知っている日本の良いところとそうでないところを彼らと率直に分かち合いたいと思うからです」。誠実、これが彼の最も好きな歴史に対する姿勢だ。
日中の忍耐のある積極的な調停役に
「僕が中国に非常に感謝し、このような歴史的時期に遭遇したことにも感謝しているのは、真剣に考えさせてくれたからです」。訪中後、9月29日になると、友人に会いに行くこともなく、一人静かに座って考えるようになった。「自分に問いかけるのです。今、日中関係は一体、どんな問題に直面しているのか、どう解決したらいいのか」と。
だが、すべての日本人が彼のようにこの記念日をそれほど重視しているだろうか。彼は「日本人の80%以上はこの日の意義について知らないのではないか」と思っている。第1に、彼らを目覚めさせたり教えたりする人がいない。第2に、この日に関心のある人が少ない。日本の庶民は自分の明日の食事のメニュー、さらには年金問題により関心があるのではないか。「日本の庶民を目覚めさせてこの日に関心を寄せてもらうのは、大変重要だし、大変必要なことです」
彼は7月に北京大学を卒業した。すでに帰国したのか、まだ中国に残っているのかは分からないが、取材したときには「日中関係がこれほど重要な時期にあるのに、中国を離れるどんな理由もありません」と答えていた。本来、加藤さんは日中間の忍耐のある積極的な調停役となり、双方の意思疎通を促したいとも語っていた。「民間にいようと、政府にいようと、客観性と中立をできるだけ保持したいと思っています」
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