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「資生堂在中国30年」展覧コーナーに展示された1897年から生産されているオイデルミン |
18日、株式会社資生堂の中国事業開始30周年の式典が北京飯店で行われた。式典の会場には「夢をかなえる人材育成プロジェクト」の始動も式典で発表された。
「資生堂」の社名は中国の「易経」の一節「万物資生于此」から由来したものだと資生堂の前田新造会長があいさつの中で紹介した。また、前田会長は「社名をいただいたことへの恩返しの気持ちで、中国の1人でも多くの女性たちをさらに美しくするお手伝いをしている。これを使命として今後も努力していきたい」と語った。
資生堂の中国事業の開拓者と呼ばれる福原義春名誉会長は1980年12月に北京を訪問し、中国第一軽工業局と提携契約を交わした後、1981年から資生堂の中国事業を正式に展開した。同社の中国での売上高は、2003年以降一貫して2ケタの年間成長率を維持しており、2010年には資生堂全体の売上高の約10%を占めた。
中国での事業展開のメリットについて、資生堂(中国)投資有限公司の稲垣幸朗事業部長は「日中で違うことはもちろんあるが、その違いが逆にお互いを啓発し合って、新しいも のを見だす力になった」と話した。
中国市場への参入は資生堂より遅かったものの、日本でもライバルであるカネボウは1995年に中国に進出してから、現在まで傘下の7ブランドが展開している。「無添加で敏感肌に最適」をセールスポイントにするファンケル、通信販売で売上No.1のDHCも中国市場で大きな人気を集めました。中国は日本の化粧品会社が最も重視している市場となっている。
「中国国際放送局日本語版」より 2011年5月20日
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福原義春名誉会長
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