「安倍談話」は、安倍首相がより多くの責任を西洋諸国になすりつけ、日露戦争勝利を美化して植民地支配されていたアジアやアフリカの人々を「勇気づけた」と述べ、日本のアジア太平洋諸国侵略による直接的損害を過小評価しようとし、またそれを「食糧難」といった要因のせいにしている。
実のところ、侵略し損害を与えたことを認めることは日本に歴史の重荷を永遠に背負わせることではなく、率直で誠意ある謝罪も日本を被害者の前に跪かせることではない。いかなる人、民族ないし国であっても、自身の大きな犯罪について心から深く反省し、再度同じ間違いを起こすことを防がないのであれば、同じ間違いを繰り返す悲劇から逃れることは困難だ。このことはすでに多くの事実が証明している。日本でこのところ民族主義、右翼勢力ないしは尚武精神が幅を利かせていることは、慎重に行き先をコントロールしなければ日本が平和の道から離れていきかねないことを示唆している。
冷静に見定めねばならないのは、「安倍談話」の発表は安倍首相本人が心から望んだことではなく、国内の反対勢力に押されてのことであり、連立政権を組む公明党の要求、さらには中国や韓国など隣国の断固とした態度によるものだったということだ。しかし、安倍首相が内外の強い圧力を受けながらもなお言葉をはぐらかしたことは、本人がきっぱりと心を改め心から承服しているわけではないことの証であり、また既存の歴史観と何が正しく何が間違っているかについての考え方を今後も持ち続けていくことも示唆している。
A級戦犯の東郷茂徳の孫である東郷和彦氏はこのほどその著書で、「未来を展望すると、日本には諸問題を解決に導く『ロードマップ』が必要である。安倍首相の70年談話はこのロードマップの第一歩となる。談話が謙虚であるほど、未来の歩みは力強いものになるだろう」と指摘した。東郷氏は、靖国問題、慰安婦問題、竹島紛争、徴用工問題、北方領土紛争、日中間の釣魚島紛争など、安倍首相が直面する一連の対外問題はどれも今回の談話と関わっており、こうした問題を解決して初めて、日本は東北アジア隣国関係の潜在力を存分に発揮することができる、と考えている。
しかし事実は、「安倍談話」が踏み出した第一歩は楽観できるものではなく、中韓などとの立場の明らかな違いを際立たせることとなった。この立場の違いによって、今後も歴史のページを進めていくのが難しくなることは間違いない。今後の中日関係と韓日関係がうまくいくか否かは依然として不透明で、ひいてはうまくいかないことのほうが多いように思われる。
「北京週報日本語版」2015年8月19日 |