根本的に言って、新安保法は世界のためではなく、米国のためだ。安倍首相は日米同盟を強化し、安全保障政策を変更して米国とさらに歩調を合わせることに尽力している。安倍首相は第1次政権期に「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)を設置し、集団的自衛権行使関連の問題を検討した。当時議論された事態には▽日本近海で行動する米国艦船が攻撃を受けた際、日本は共同行動を行えるかどうか▽某国が米国など第三国にミサイルを発射し、日本が迎撃能力がある際に迎撃できるかどうか――などがあった。
日本の安保法案改正が軍事同盟に資するためであることは明らかだ。日本は同盟で一層の責任を担い、米国の推し進める「アジア太平洋リバランス」戦略の必要を満たそうとしている。他国の懸念に配慮するか否か、地域の安定に寄与するか否かは日本の考慮の範疇にない。
小さなグループの利益のために大多数の利益を顧みないこうしたやり方は、平和、発展、協力、ウィンウィンという現代の潮流にそぐわない。今後は世界の多極化、経済のグローバル化、文化の多様化、社会の情報化が引き続き進行し、世界各国は利益がより融合した運命共同体となる。冷戦思考に基づく日本のこうした行動方法は時代の基調と相容れず、どうして歴史の賛同を得られようか?
安倍首相が拍手を得るには、まず歴史に真っ直ぐに向き合い、教訓を汲み取るべきであり、ほしいままに勝手な事をしては歴史の恥となるだけだ。(編集NA)
「人民網日本語版」2015年7月16日 |