謙虚さと慎み深さは中華民族固有の伝統的美徳である。これを国際戦略に応用すると、国際関係史における「国大必霸」、「国強必暴(強国になれば必ず武力に訴える)」という大国台頭の論理を打ち破り、あくまでも謙虚な大国であろうとすることである。中国は建国初期に「平和五原則」を提唱し、1970年代には自らを第三世界国家と位置づけ、冷戦後には「韜光養晦(才能を外に出さず、ひけらかさない)」の外交方針を打ち出した。これらはいずれも、謙虚さと慎み深さという美徳が国の対外戦略に貫かれていることの表れだ。
経験で分かる通り、人は低調な時には謙虚で慎み深くいられるが、得意のあまり有頂天になると謙虚で慎み深くあり続けるのは難しいものだ。国の対外戦略も同じである。中国が冷戦後に「韜光養晦」方針を打ち出し、謙虚で慎み深くあり続けたのは、当時の情勢的に言ってやむを得ないところがあった。今後世界一の経済体へと邁進する過程でも「韜光養晦」の方針を守り続けられるかどうかは、中国の戦略思考にとって試練となる。
そして、国がどれほど強大であろうとも、「国大必霸」、「国強必暴」に走れば、無駄に国力を使い果たし衰退へと向かうことも、経験が示す通りだ。冷戦後、米国が唯一の超大国の座から滑り落ちたのもこの点を証明している。不測の事態が起きなければ、今後5~10年で中国の経済総量は米国をしのぎ、世界一の経済体になる。これはまず心配ないだろう。とは言え、中国はまだ多くの貧困人口を抱えており、発展にともなう問題も避けがたい上に、国際環境も複雑だ。したがって、中国はなおも謙虚な大国であり通し、発展という「絶対原理」を堅持し、あくまで「国大必霸」、「国強必暴」の論理を放棄するべきなのである。
(作者は中国現代国際関係研究院研究員)
「北京週報日本語版」2012年11月29日 |