「世に英雄なく、遂に竪子をして名を成さしむ」。莫氏は言う。「今は文壇に大作家がいないので、私のような者でも名を成すことができた。この点ははっきりさせておかなければならない。私より才能があり個人経験が豊富な人もいる。そういう人たちが文学的にあまり名声を得られていないのはチャンスがなかったからだ。そういう意味で言うと、我は非常に幸運だった。だから常に人から学び、根本を忘れないようにしなければならない」。30年前の文学青年は今までずっと一歩一歩上を目指して突き進んできた。莫氏は冷静さを保たねばならないと常に自分に言い聞かせている。「名声が大きいからといって傲慢になってはいけない。他の作家や作品に対し尊敬の態度を持つべきだ。これはポーズではない。本心からそう思う。人の長所が分かって初めて進歩の可能性がある。自分の作品を誰よりもいいと思ったら、その作家はそれまでだ」。
長篇小説『蛙』はある農村の女医の人生を通して、中国農村の出産にまつわる60年間の歴史を反映したとともに、現代中国知識人の心の奥底に潜む後ろめたさと矛盾を明らかにした。この長篇小説は莫言氏が「構想10数年、執筆4年、何度も推敲を繰り返し、心血を注いで執筆」した力作だ。「この物語を書きたいと思った動機は、扱う主題の敏感さではなく人物だった」と莫氏は語る。「日常の生活で出会う人の中には、私を感動させ、心が震え、創作に向かう衝動をかきたてられるような人がいる。まずはその人から感銘を受ける。周辺の出来事に注目するのはそれからだ」。この小説の主人公「叔母さん」のモデルは莫言氏の祖父の兄の娘にあたる人物だ。この「叔母さん」をモデルに長篇小説を書く構想はかなり前からあり、以前中短篇小説でも少し書いてはいた。だが今回の作品は「総決算」だと莫氏は言う。
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