呉蒓思(上海国際問題研究院国際戦略研究所執行所長)
昨今、米国オバマ政権のアジア太平洋戦略と、その戦略がアジア太平洋地域と中米関係に与える影響をどのようにとらえ、どのように評価するかが、メディアと学界から広く注目されている。主な注目点は「①米国はアジア太平洋に「回帰」したのか?②米国のアジア太平洋「回帰」は中国に焦点を合わせたものか?③米国のアジア太平洋「回帰」はどのような影響を及ぼしているか?④アジア太平洋地域における中米の連携はどこに向かうべきか?」の4点である。
2011年11月13日、米国ハワイ州の州都ホノルルで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)第19回非公式首脳会議に出席した各国首脳 (張軍撮影)
米国のアジア太平洋戦略調整
米国のアジア太平洋「回帰」という表現については、学術界で異論が多い。とりわけ米国の学者はほとんど「米国はこれまで一度もアジア太平洋を離れたことはない。したがって『回帰』という言葉はまったく話にならない」と強調している。しかしここで指摘しておきたいのは、この表現を用い始めたのは実は中国ではなく、ヒラリー•クリントン米国務長官が2009年7月22日にASEAN(東南アジア諸国連合)外相拡大会議に参加した際の演説が起源であるということだ。当時、クリントン国務長官は、「米国は東南アジアに帰ってきた(The United States is back in Southeast Asia)。オバマ大統領も私も、この地域は世界の進歩と平和、繁栄にとって極めて重要だと信じている。地域・世界の安全保障から経済危機、人権、気候変動に至るまで、われわれが直面している広範な課題についてASEANのパートナーと全面的に接触したいと考えている」と語っていた。言うまでもなく、「be back」を「return」と理解する、あるいは「回帰」と訳すことに大きな間違いはない。かくして、米国の東南アジア「回帰」、アジア「回帰」、アジア太平洋「回帰」がしっかりと人々の脳裏に刻まれることになった。
歴史的に見れば、1898年の米西戦争以来、米国がアジアを離れたことは無論ない。しかしこれはアジアにおける米国の役割と重要性が不変であったとか、あるいは一貫して高かったということを意味してはいない。実際、今世紀初めには、テロ対策や中東地域の戦略的重視などの要因で、米国のアジア太平洋地域への注力が弱まり、そのために多くの不満を招いた。まさにこのような状況を背景にして、オバマ政権は政権発足当初からアジア太平洋地域に向けて「米国は戻ってきた」と宣言しようとした。そして米国がアジア太平洋地域に傾注し改めて主導権を宣言したことで、「回帰」が印象づけられたことは間違いない。米国のアジア太平洋「回帰」は米国のアジア太平洋戦略の変化を強調した表現であり、この表現が広く使われるようになったのは道理にかなっている。
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