田子坊の表玄関、泰康路210弄
日本語、中国語、英語に加えてフランス語やイタリア語が堪能で、さっぱりとした姉御肌の今渕さんは、田子坊に店を出すオーナーたちのために一肌脱ぐことも多い。前述の観光マップ製作のほかにも、田子坊の女性オーナーの写真と店舗情報をまとめた「田子坊麗人名刺集」も手がけた。また、田子坊で働く日本人の組織である田子坊日本人会でも、何かと協力を惜しまない。一昨年、田子坊日本人会の主催で夏にゆかたを着るというイベントを行なったが、この時参加者が着たゆかたの製作を担当したのが今渕さんだった。もともとテキスタイルデザインが専門でナポリでは着物を販売していた今渕さんは、上海の生地市場の縫製担当者にゆかたの縫い方を指導、上海でゆかたを作りたい人向けのアドバイザーもしていた。
現在、田子坊にある日本人オーナーの店は約20軒、そこで働く人は25人前後になるという。田子坊の総合プロデューサーである呉梅森氏によると、田子坊には26の国と地域から外国人が集まっているが、その中で一番多いのが日本人だ。年齢層は20~30代が中心だが、プロフィールは様々。中医学の大学を出て中医師免許を持っている人や、大連に留学後就職し、出張で上海に来た際にたまたま用事があって田子坊を訪れ、「ここなら自分にもお店が開ける」と経営の道に飛び込んだ人もいる。
今渕さんと「La Brasserie by Hiro」のオーナーで日本人会会長でもある吉本一郎さん
現在の日本人会会長であり、今渕さんがディレクターを務める「La Brasserie by Hiro」のオーナーである吉本一郎さんもその一人で、5年前田子坊に店を出した。田子坊は今では商業地域になって開店には営業許可が必要だが、吉本さんが来た頃は「場所さえ借りられれば営業許可は必要ではなく、店を開くこと自体は容易といえば容易だった」という。外国で、しかも一人で何かを始めようと思う人にとって、田子坊は「ここなら開ける」、「ここにこそお店を開きたい」という思いを抱く日本人を受け入れてくれる場所だった。「日本で飽き足らないとか窮屈だと思っていて、なんらかのきっかけで中国や外国に来て、『チャンスがあるんだったらやってみよう』と思うような人、しかも『一人でやってみよう』という人が集まっている感じがする」と今渕さんは言う。今渕さんもその一人だ。
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