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主な成果
西部大開発戦略実施以来の10年間は、西部地区の経済と社会発展が最も速く、最も勢いよく発展し、都市の変貌が最も大きく、人々の得た実益が最も多い時期であった。
一、総合的な経済実力が大幅に向上した。00年から08年にかけて、西部地区の総生産額は年平均11.7%伸び、全国の平均レベルより1.77ポイント高かった。地区内総生産額が全国に占めるシェアは17.1%から17.8%まで引き上げられ、1人当たり地区内総生産額は全国との格差が40.5%から36.3%まで縮小され、東部地区の経済発展との格差拡大の傾向も一応緩和されるようになった。
二、インフラ施設の建設は飛躍的な進展をとげた。08年末現在、西部地区の新規建設した高速道路は1万3900キロ、郷鎮と行政村の自動車道路開通率は98.3%と81.2%、自動車道路網の密度は1999年の2.65倍に当たる100平方キロ当たり20.7キロで、西部地区をカバーする自動車道路網が一応形作られた。新規増加した鉄道運行距離は9000キロ近くで、複線率と電化率は23.2%と38.8%、輸送能力は顕著に向上し、輸送力不足の状況も緩和されるようになった。12の幹線空港、30の支線空港を大きく拡張し、21の支線空港を新規建設し、西部空港システムをほぼ形作った。固定電話とモバイル通信が急速に発展し、電話機の普及率は1999年の100人当たり7.1台から58.9台まで伸びた。
三、生態建設と環境保全は顕著な成果をあげた。耕地を森林に戻す、牧地を草原に戻す、天然林の保護、北京・天津の砂塵嵐発生源の防止整備プロジェクトを相次いで実行したことで、西部地区の森林・草地の植被率が向上し、水土流失と砂塵嵐による災害が軽減され、長江上流、黄河上・中流などの重点流域の生態環境が顕著に改善され、西部における生態安全のガードが固められるようになった。
四、特色ある優位産業が急速に発展した。内モンゴルのカシミヤと乳製品、新疆の綿織物とトマトケチャップ、陝西省の果物と野菜、広西チワン族自治区と雲南省の製糖業と漢方薬、四川と貴州省の醸造業などの濃厚な地方色と市場競争力を持つ加工基地、石油化学、塩化カリウム、リン鉱、非鉄金属、レアアース(希土類)などの優位性の高い鉱物資源開発利用基地をつくり、宇宙航空、新エネルギー、新材料、バイオテクノロジー、電子情報などのハイテク産業を積極的に発展させ、25のハイテク産業化基地の建設を援助した。
五、公共サービスシステムがほぼ形作られた。西部地区の教育水準が顕著に向上し、義務教育修了率は1999年の74.5%から92.0%まで、中学卒業生の進学率は61.3%から80.0%まで引き上げられた。医療衛生サービスシステムを徐々に確立し、コミュニティ衛生サービス機構と大病院とを繋ぐ医療サービスシステムおよび県、郷、村クラス医療衛生サービス網をつくった。各村々にテレビ放送を開通するプロジェクト、中央テレビ放送の無線カバープロジェクトを全面的に推進したため、放送のカバー率は91.3%、テレビカバー率は93.6%に達した。都市・農村部住民をカバーする社会保障システムの確立を速め、郷鎮企業従業員の基本養老保険、基本医療保険、失業保険、労災保険、出産保険のカバー率をたえず拡大してきた。
六、都市・農村の様相に歴史的変化が生じた。大中都市の高速道路網がほぼ出来上がり、都市部の給排水施設とパイプ水道管網、汚水処理、ゴミ処理施設の建設と改造規模がたえず拡大されている。08年末現在、西部地区の都市部水道普及率は00年より40ポイント高い86.7%、汚水処理率は00年より20%高い54.7%、生活ゴミの無害化処理率は67.8%に達した。農村の水道、電気、道路、ガスなどのインフラ施設はたえず増加し、農村の生活条件が徐々に改善され、98%以上の行政村に電話が開通した。
次の10年間の初期構想
西部大開発戦略の実施は顕著な成果をあげたものの、西部地区のインフラ施設が立ち遅れ、脆弱な生態環境のネックによる制約が依然として存在し、経済構造が合理的ではなく、自己発展能力が不足しているといった状況が根本から改善されず、基本的な公共サービス能力が弱く、貧困地域が広くて貧困人口が多い問題が際立っており、民族団結を強め、国境地帯の安定を守る任務は依然として重い、という実情をわれわれは冷静に見て取らなくてはならない。東部沿岸の発達した地区との格差拡大の傾向はまだ転換されず、依然として小康社会を全面的に建設する上での重点と難点である。このため、将来を展望し、中国は断固として西部大開発戦略をさらに一歩踏み込んで実施していく。
「北京週報日本語版」2010年1月27日
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