ほかの組の論文も、「日本特許明細書の翻訳作業の問題点」「高齢化社会保障の相続税問題」「日本的企業文化の考察」「日本の専業主婦層を支える要件」「ニートになる原因と対策」「中日における生命保険の比較」など、実に幅広いテーマと鋭い問題意識である。卒業論文として学内にとどめおくだけでなく、多くの日本人に読んで考えてほしいものばかりである。機会があり、条件が許されれば、ぜひ多くの日本人にも公表してほしいと思った。
◇目から出た汗が止まらず◇
卒論審査会ではその場で採点し、各先生方が講評を書き組長の先生がそれをまとめた。私の採点は、通常のレポートや作文より少し辛めになった。卒業祝いに点数を加算してもよかったなと考えたが、人生評価は点数だけではない、と考えそのまま提出した。
その日、夕方から行われた“謝恩会”で、学生は一区切りついた安堵感からか、ビールを飲みながらかなり陽気になった。指導した学生からも「先生、お世話になりました」とビールを注がれ、乾杯した。私もほっとした気分になった。審査会が終わって2週間後、卒論を指導した学生から連絡があった。
「先生にご馳走をしたいのですが、都合のよい日はいつですか」と訊いてきた。これまでの授業や卒論指導のお礼をしたい、という。先生が教室で授業をしたり、学生の卒論を指導するのは当然のことだ、と婉曲に辞退した。
「先生、私たち通訳のアルバイトをしたので、お金があるんです」
この言葉に胸が詰まり、断れなくなった。約束をした日は、初夏にしては暑い日だった。学生は鍋料理を注文した。熱くて美味だった。目から出た汗をいくら拭いても止まらなかった。
◇北風に向かって飛び出そう◇
◇
学生たちが作った卒業アルバムに、山本有三の一節を借りて次のようなメッセージを送った。
心に太陽を持て 唇には歌を持て
羽毛が生え揃った野鳥でさえも
巣立ちの飛翔は勇気がいるもんだ
ヒトに翼はないけれど 両手をいっぱい広げよう
南からの追い風よりも 冷たい北風に向かって
夢と希望と自信を胸に さあ 勇敢に飛び出そう
そうすりゃあ 何が来たって平気じゃないか
◇
小鳥でも飛行機でも離陸時には向かい風が必要だ。これからの人生の中では、南からのぬくぬくした追い風のような「濡れ手で粟」や「心地よい甘言」が、たびたび誘惑するだろう。しかし、そんな風に乗っていたのでは、いつか必ず失速して墜落する。肌に刺さるように冷たくて、いっときばかり苦労したって、向かい風ならいくら強くても失速はしない。強ければ強いほど急上昇も可能だ。こんな人生を堂々と歩もうじゃないか。メッセージにそんな意味を込めた。
(写真はすべて南京大学構内で筆者写す)
「北京週報日本語版」 2009年7月10日 |