手先の「器用さ」のほかに、フットワークのよさも必要とされる。課題に取り組むメンバーはたびたび山河を歩き回ることになるからだ。野生植物の多くは人跡未踏の地に生長しているため、その採集はことのほか困難である。「柑橘類の祖先もしくは野生近縁種は雲南省紅河州の遠い辺境の山間地帯で生長しているが、そこに行くには雲南省省都の昆明から車で1週間もかかってしまう」と陳瑞陽教授は一例を挙げた。同じように雲南では、野生の茶樹がミャンマーとの国境に近いシーサンパンナの原始林で生長しているが、そこまで行くすべがない。そして、野生の茶と栽培した茶の染色体を考察、採集し、両者の親縁関係の有無を判断するために、陳教授らはどうしても道を切り開かなければならなかった。
『中国植物ゲノムマップ』の最後に数百人の個人と50余の機関に対する謝意が記されている。「でも、これは完全な数ではない」と言う陳教授は、「同書の中に収録した現有の3種の野生イネもそうだが、海南島や雲南省辺境の山間地帯に分布している希少植物は見つけるのが非常に難しい。関連する科学技術関係者や現地のスタッフの協力がなければマップを完成することはできなかった」と語る。
その一方で、がっかりするようなこともしばしば起こった。そのほとんどは種の消滅が引き起こしたものだ。「野生ダイズの採集に中国へやって来たアメリカのある夫婦が、あちこち探し回っても見つけられず、公園で座って休んでいた。夫のほうがふと振り返ると彼の後ろに1株だけあったという。収穫量が多くなく、思うような収益が得られないため、多くの野生資源がだんだん忘れられ、埋没していき、しまいに根こそぎ無くなってしまうこともある」と陳教授はその“笑い話”を苦渋の表情で語った。かつて陳教授は、海南島のある場所に野生イネがあることを資料で知り、早速その“現場”に駆けつけてみると、そこにはビルがあるだけだった……
サンプル採取の難しさはこれだけではない。染色体を見る必要性から、採集に当たってはどうしても活性化される分裂期の植物素材(通常は芽吹いた根端や芽)を採集しなければならない。しかし、採集したサンプルが分裂期にあるかどうかを確定することはできず、植物は「眠って」いる可能性もある。事実、植物細胞はほとんどの時間は眠っているような状態にあるが、それは完全に休息しているわけではない。一方、分裂期になるとDNAとタンパク質の複製に明け暮れるのだ。だが、一定の形をした染色体分裂期が種によって異なるのを観察できるのはわずか4-10%にすぎない。ソラマメの19時間半という細胞周期を例にとると、その分裂期はわずか2時間で「残りの17時間半は一定の形をした染色体を観察することができない」と専門家は言う。
このほか、植物ゲノムの染色体は数も比較的多い。1つのゲノムに数百本もの染色体がある植物もある。その膨大な数によって染色体マップ作成の仕事も難しさを増す。「中国には目下5万種余りの植物があるが、染色体情報の記録を持っているのはまだ20%足らず。このわずかな部分も各文献の中に散見されるだけ」と洪徳元氏は言う。
いかなるゲノム研究機関も莫大な額の経費を必要としている。陳教授とその研究チームは国家科学技術著作出版基金を含む多くの方面から資金援助を得ている。だが、洪徳元氏によると、基礎的な学問研究における経費申請は困難であり、飛びぬけた発見の機会を得るのは容易ではないという。「実験室や野外で長年月待ち続け、資料収集の仕事を積み重ねる。そんな仕事に身を投じる若者は決して多くない」と洪氏は指摘する。だが、陳瑞陽教授の周囲には幸いにも着実な姿勢で仕事に臨む「若輩者」がたくさんいる。
次の一歩について、陳教授はコンピュータを専門とする研究者と協力し、とりまとめた植物ゲノム染色体マップのための数理モデルをつくりたいと言う。
「北京週報日本語版」 2009年2月11日 |